祭りの後の大観覧車

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七年ぶりに実家に帰った。 今ここに居るのは、両親と年老いた三毛猫。 妹は僕よりも早く親元から離れている。 家の中は、ぱっと見、何も変わっていない。 まあ、両親も建物もネコも、それなりに経年の趣を感じさせるが、僕だってそうだろう。 居間のテレビモニターの横に、大きめのフォトフレームに納められた写真が飾ってある。 観覧車のゴンドラを前に、家族四人が並んで写っている。 僕と妹の両脇に父と母。 妹は、目の脇にVサインを横向きに作って笑っている。 観覧車に乗る前に強制的に写真を撮られ、要らなかったら買わなくていい、という観光地によくあるやつだ。 思い出した。 この写真が撮られる、ほんの三十分前、妹は大泣きしていた。 口をへの字にして、眉の周りを赤くして。 『やだあ、お家に帰りたくない!』と母にしがみついて訴えていた。 ついさっきまで、川を挟んだ隣にある『魔法の王国』で二泊三日の夢の時間を満喫していた。 『ああ、楽しかった。』 王国のゲートを出るときは、そう言っていたのに、駐車場で見慣れた車が視界に入ると、妹は表情を一変させた。 母にしがみついたまま、車に乗ろうとしない。 困って顔を見合わせる父と母。 まだ幼かった頃の記憶が残っている僕が提案する。 「ねえ、ユミ。となりの臨海公園の観覧車に乗って、高いところからもう一回あそこを見てみない? パパ、ママ、いいでしょ?」 「うん、そうする・・・」 半分だけ納得した妹が車に乗り込む。 僕にも似たような経験があった。 妹が生まれる前、富士山の麓のレジャー施設に連れていってもらった。そのころ大好きだった『機関車トーマス』のテーマランドがお目当てだ。一日中遊び回り、施設内のホテルに一泊した。 翌朝、駐車場に向かい、家の車を見かけた時。 もう終わっちゃうんだ、と初めて気づく。 この時間はずっと続くんだと思っていたのに。 でも、終わっちゃうんだ。 終わらせたくない。 僕は大泣きして父と母を困らせた。 そうしてホテルの最上階のレストランからレジャー施設を眺め、ケーキを食べた。 観覧車のゴンドラの前で微笑む、写真の中の妹。 彼女はあの時のことを覚えているだろうか。 幼稚園の卒園式のあと、もうここに通うことができないと知って、小学校にはいかないと言い出したり。 学芸会が終わって、体育館の出口でうずくまって泣いていたり。 聞くところによると、小学校の修学旅行の帰りも、先生や同級生を困らせていたらしい。 妹は、人一倍そういう感受性が強かったのだ。 年を重ねていくと、そこから帰りたくないと思える『魔法の時間、夢の空間』は段々少なくなっていく。旅に出かけても、心の片隅で我が家に帰って落ち着きたいと思う。 彼女も多分、そうやって大人になっていった。 そしてある日。 妹は『ひとりでも何とかやっていけてるうちは、ここに帰らないから。』と決意し、家を出ていった。両親は寂しそうだっったが、彼女の考えを尊重した。 つい最近、その妹から実家に電話があったという。 「少し、そっちに帰ってもいい?」 母は電話口では何も聞かずに、帰っておいで、とだけ返事した。 そして『ついでだからお前も帰ってこい』と父から僕に連絡(命令)があったのだ。 僕が里帰りした日の夜遅く。 ガチャガチャと鍵を開ける音がした。 「ただいま。」 玄関にはすっかり大人になった妹が、スーツケースを脇に起き、少し照れ臭そうに立っていた。 その夜。 僕は夢を見る。 僕と妹は、偶然一緒に人生の旅を終え、帰るべきところに帰る時がきていた。 「いやだあ、そっちにまだ帰りたくない!」 幼女の姿に戻って大泣きする妹。 僕も小学生の頃の姿に戻っている。彼女のワガママに少し困ったが、あることを思い出し、彼女に提案する。 「そしたらさ、あそこにある観覧車に乗って、高いところからもう一回、この世界を見てみない?」 「うん、そうする・・・」 半分だけ納得した妹の手をとり、僕らは観覧車の乗り場に向かう。 誰かが写真を撮ってくれるかどうかはわからない。 (了)
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