*3.その手を取るとき

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 刑事は、首領の心がわからなかった。優しい言葉を掛けてくれ、大事にしてくれる。まるでウィルクスに恋しているように振る舞ってくれる。  だが、ウィルクスは思っていた。そんなものは、すべて嘘だと。そう思うと、悲しくて切なくて堪らなかった。  ハイドがウィルクスの頬に触れた。そのまま年下の青年の顎に手を掛け、顔を近づけてきたハイドに、ウィルクスは拒む仕草をした。 「できません、ハイドさん」 「どうして?」 「あ……愛して、ないから」 「君はぼくを愛してくれてるんじゃないのか?」  その質問には、ウィルクスは答えなかった。代わりに顔を背けたまま言った。 「あなたはおれを愛してない」 「愛してるよ。君はいい子だ。……飼いたい」 「おれは犬ではないし、あなたの部下でもない。おれのどこがいいんですか?」  ハイドは顎に掛けた手を下ろし、ウィルクスの顔を覗きこんだ。ハイドの唇が、ウィルクスの鼻筋に触れる。ウィルクスは感電したように目を閉じた。 「ぼくに物怖じせずに、はっきり物を言うところ。きれいなところ。かっこいいところ。若々しい声で『ハイドさん』と名前を呼んでくれると心が躍るし、手足と睫毛が長いところ」  ウィルクスの目に涙が浮かんだ。それは静かに零れ落ちた。 「……ハイドさん。ダメです。おれたちは男同士だし……」 「法王も、最近は同性愛を認めているよ」 「……そうかもしれない。社会も変わりつつある。でも、おれは怖いです。それに、あなたはマフィアの首領、おれは刑事だ。許されるわけがない」  ハイドは黙った。  ウィルクスは涙を拭って、萎れかけた花のように笑った。 「それとも、おれが刑事を辞めましょうか?」 「……そうしてくれるなら、有難い」 「刑事はおれの天職です。辞めることなんて考えられないけれど、でもそれであなたといっしょにいられるなら、辞めてもいい。いっしょに、この国を出ましょう。どこか遠くで暮らしましょう。それとも……」  ウィルクスは嗚咽が漏れそうになるのを堪えた。抑えていたハイドへの思いが溢れ出す。どうしてこんなにも、心が乱れるんだ? 欲しいと思ってしまうんだ? 狂ったように、なぜ、なぜと胸中で叫びながら、自分自身が理解できないまま、ウィルクスは涙に濡れた顔で笑った。 「それとも、遠くに行く代わりに死にましょうか? 二人で」  ハイドは答えなかった。ただ、ウィルクスをきつく抱き締めた。
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