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1.夜半の電話、夜半の告白
「なあ、ウィルクス君。今日は、なにしてた?」
恋人の声に、エドワード・ウィルクス巡査は寝転んでいるベッドの中で少しだけ背を丸めた。
殺風景な、シングルベッドと木の椅子と、アイアンの本棚と造りつけの小さなクローゼットだけの寝室。その寝室が、天国に変わった。
低く、穏やかな声が耳朶に沁みる。声帯の優しい震えを受け止めて、ウィルクスの肉体の内側が淡く振動した。右手でスマートフォンを耳に押し当て、年上の恋人の心音まで聴こうとしているようだ。それから、ウィルクスは口を開く。
「いろいろです。守秘義務があるので、言えませんが」
「わかってるよ。ぼくはね――」
「待ってください、ハイドさん。言わないでください。……あなたが今日していたことを、刑事のおれが聞くことはできない」
「セルフ密告は聞きたくない?」
「変な造語を生み出さないでください。それを言うなら『自供』でしょう?」
「ああ、そう言えばそうだ」
電話の向こうで、シドニー・C・ハイドはご機嫌らしい。どうやら酒を飲んでいるらしく、氷が薄いグラスに触れる涼やかな音が聞こえてきた。
ウィルクスも一杯、飲みたくなった。だが、涼しい寝室で横になったまま、恋人の優しい声と甘い囁きを聞いているほうが、今の自分には滋養になる、と判断する。
スマートフォンを耳に押しつけてぼんやりしていると、ハイドがこういうのが聞こえた。
「じゃあ、この質問は構わないか? ……今夜はなにを食べた?」
「缶詰のパスタと、黒パンと、林檎一個です」
「飲み物は?」
「ミネラルウォーター」
「痩せ細っちゃうよ。いつかぶっ倒れるよ、ウィルクス君」
ウィルクスはちらと足元の姿見を見た。長身痩躯(一八六センチもある)に茶色い短髪、鋭い焦げ茶色の目の、騎士のように凛々しい青年がこちらを見ていた。凄みのある美貌。
「俳優かモデルでもおかしくない、職業選択を謝ったな」と、同僚たちにはときたまからかわれる。その冗談が、ウィルクスはとても嫌だった。
そのことを思い出し、目はさらに鋭く、きつくなる。とはいえ、いくらギラギラした光を帯びようと、その芯にはいつも静けさがあった。
そしてその眼差しが、急に弛緩する。
表情は、常――仕事をしたり、図書館で本を読んだり、一人でディナーを食べているときよりは緩んでいた。理由はわかりきっている。ハイドと電話しているからだ。
鏡から視線を逸らしたウィルクスは、右手で自分の左肘を掴んだ。確かに前より骨が浮いたような気がするが、いいや前からこうだった、と自分に言い聞かせる。肘を掴んでいた手を離し、右手でスマートフォンを握った。
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