23人が本棚に入れています
本棚に追加
○
テーブルと椅子しかない、頑丈な白い壁に四方を囲まれた接見室で、ウィルクスはアクリル板越しにシモンズに面会した。
シモンズは少し痩せたこと以外、別段変わっていないように見えた。なんにでも好奇心を燃やす青い瞳も昔のままだ。ただ、その目に投げやりな色と、憎悪と、焦りと、そしてもう一つ、なにかが燃え盛っている。
ウィルクスは、のちにわかった。その燃え盛っているものは、イギリスの四分の一を牛耳るマフィア――ハイド・ファミリーの首領である、シドニー・C・ハイドへの思慕の情だったのだ。
シモンズは、どうやらハイドに心酔するあまり事件を起こしたらしい。
ハイドさんに忠誠を誓ったんだ、あの人はそれをわかってくれてる、だからあの男を刺さなきゃならなかった――と、シモンズは取り憑かれたように繰り返した。
君はハイドに騙されているんだ、とウィルクスは説得にかかった。
シモンズは聞かなかった。聞き取りづらいしゃがれた声で(それは酒焼けの声だった)、「あの人に間違いはない」と言った。
今の自分のボス、ベントリーはクソだが、ハイドさんはマトモな人だと言うのだ。マフィアにマトモなんてありえない、とウィルクスは思ったが、シモンズがあまりに頑ななので思ったことを口には出さなかった。
どうやら、シモンズに弁護士を立ててやったのもハイドだという。この日、アクリル板の向こうからシモンズはそのことをウィルクスに告げ、
「ハイドさんはおれのことを親身に考えてくれている、本当にいい人だ」と言葉を詰まらせるのだった。
それから、シモンズはウィルクスに向かってまくしたてた。
聞けば、卒業から二年も経たないうちに、シモンズは両親が不幸な事故で相次いで亡くなり、唯一の身内だった妹も自死してしまったそうだ。心労が祟り、シモンズは法廷弁護士の夢を諦めざるをえず、入院になってしまった。その際ネットでできるギャンブルに依存し、道を転げ落ちたという。
シモンズは真面目だもんな、と話を聞いてウィルクスは思った。ギャンブル依存症は、真面目で几帳面で、負けず嫌いの人間が罹りやすいと言われる。
追い込まれたシモンズは、知らずベントリーの息が掛かった人間から金を借りていた。ベントリー・ファミリーは、イギリス一の勢力を誇る。金を返せなくなったシモンズは、あっという間にベントリーの下働きをする羽目に陥ってしまった。
ウィルクスは接見室に通い、何度も説得にかかった。
「ハイドだって、ベントリーと同じだ。君を利用するつもりなんだよ」
しかし、シモンズはいつだって話を聞いていない。口角泡を飛ばしながら、
「おれは一度ハイドさんに会ったことがある。ベントリーが秘密裏に開いた会食に、あの人は招待されていた。あの人は敵地に乗り込んでも堂々としていた。本当に立派で、王者の風格だったよ。おれに優しい言葉を掛けてくれて、陰で『ベントリーの元を抜け、うちに来ないか?』と誘ってくれた。『君のように頭の切れる若者に、任せたい仕事がある』と。あの人はマトモだよ、ウィルクス。だから、おれはおれの裏切りを止めようと追いかけてきた構成員を刺したんだ。なあ、ウィルクス、わかってくれるだろ?」
そして友人のよしみで、裁判になったら、減刑してもらえるように立ちまわってくれとせがむのだった。
最初のコメントを投稿しよう!