消えゆく憧憬

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 お月見泥棒だって、時代ごとにいろいろ変わっていったもんだ。  俺がまだ五つくらいの頃は、菓子なんて供えられてなかった。団子に煮しめ、御神酒(おみき)がどこの家も定番だったな。調子に乗った兄貴が御神酒に手を付けたりしたこともあったが、それもすべて一夜の秘め事――もう時効だ。  小学校に上がって少ししたくらいに、チョコドバットなんかの駄菓子がちらほら供えられるようになった。  それから年々、大袋の菓子なんかが増えて、ワルイ連中は丸ごと持って帰ったりしたもんだ。今でもあの時の、すっからかんになった佐藤家の縁側で感じた虚しさを覚えてるぞ、六年二組のクソッタレ!  思えば、この頃が一番子供が多かったんだ。  それから末の妹の代になる頃には、お月見泥棒に来る子供の数は知れてるってんで、どこの家も一人分の菓子を袋に入れて用意するようになったと聞いた。  みんなが平等、ってやつだ。  盗れなくて悔しいってことはないが、なんだか味気ないだろう?  そう思ってる十年ほどの間に、いつの間にか月夜の盗賊団はどこかへ消えてしまったのだ。  かつての盗賊の子供らは親に倣わず、お化けや魔女やらになりたがった。中にはアニメのマスコットキャラクターになっている奴もいる……俺も詳しくは知らんが、ハロウィンって仮装パーティーではないよな? 「嘆かわしいねぇ。商店街のジジイどもめ、若い人にはついていけねぇとか言うくせに、結局は金が動くほうに流れていきやがって」 「しょうがないだろ。時代なんだよ」  わかっちゃいるけど、寂しいじゃねぇか。 「なぁ、津田よ。今晩の月見、俺とお前で泥棒しねぇか?」 「ふざけんな。だいの大人がよそ様の縁側で盗み食いなんて、それこそ通報もんだ。俺は付き合うのも、お前を迎えに行くのも御免だからな。ほら、もう帰れ帰れ!」  蹴り出されるように追い払われて、俺はしぶしぶ帰宅した。  縁側には、カミさんの用意したススキと団子、乾きもんが供えられている。煮しめは多分、面倒だったんだな。油揚げの甘く煮たやつが、小皿に盛られていた。
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