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 艇からしばらく歩いた林の中、リックは周囲を観察しながら感嘆していた。 「だいぶ自然に侵食されてますけど、文明はあったんですかね?」  好奇心に満ちているリックをよそに、ラドは遠くを見つめる。  その時、どこからともなく柔らかい声が聞こえた。 ――ラド……。  風に乗り、彼の名前を呼ぶ微かな声。  ラドは思わず足を止め辺りを見回すが、リックが前方で何かを熱心に観察しているだけだ。 「どうしたんです? 艇長」 「……何でもない」  声には気がついていない様子で振り返るリックに答え再び歩き出したものの、ラドの頭の中ではしきりに先ほどの声が反響していた。 ――ここに……いる……。 「あ! 艇長、あれ見てください」  なぜか心に浸透してくるようなその声をラドが無視しようとしている中、前を歩くリックが指差したのは、根元に奇妙な模様が浮かび上がっている植物だ。 「エネルギー痕に近い気がしますけど……」  静かに視線をその植物に向けたラドは、近づき、注意深く観察する。  光に煌めき、不規則に風に揺れる様は、まるでその葉が何かを語りかけているかのようだ。……などと柄にもなく非現実的な事を思うさなか。 ――来て。  今度は少しはっきりと導く響きを孕んだその声に惹かれるよう、ラドの脚は自然と林の奥へ向かい出す。 「艇長?」  リックが首を傾げながら彼を追いかけるも、迷いなく進むラドの耳には最早リックの声は届いていなかった。 「艇長、どこ行くんですか? 何か見つけました?」  少し急いだ足取りでラドの隣についたリックが彼の表情を覗き込むが、ラドは軽く首を横に振るだけだ。  やがて、目の前に現れたのは、草木に覆われた古びた石造りの建物だった。年月の重みを感じさせるその佇まいに、ラドの胸には説明のつかない感覚が広がる。 「建物……ですね」  リックが驚きを交えて呟くが、ラドは無言で建物に近づいた。その様はまるで吸い寄せられるようで、リックは、少し戸惑った表情を浮かべながら後姿を追う。  元々ラドは言葉が少ないが、彼が艇長である限り、どんな任務でも冷静に完遂できるという安心感をリックは抱いていた。  これまでの惑星探査任務でも幾度となく危険な場面はあったが、ラドの的確な対処で乗り越えてこられたし、帰還中に不時着してしまった今の状況にも、大きな不安はない。  ただ、リックが気にしていたのは、ラドが時折見せる“何かを探しているような”素振りである。  今までの任務中も、ほんの一瞬感じ取ることがあったその微かな動きが、今日は顕著に表れているのがリックの気がかりだった。 「艇長、俺には見えないものが見えてたりしますか」  慎重なリックの問いかけに対してラドは軽く頷いたものの、その反応には無意識の色が強い。 ――待っていた……。  声が再び頭の中で響き、ラドは扉に手をかける。 「艇長、ちょっと……」  リックの制止にもラドが躊躇わず扉を押し開けると、鈍い音と共に一筋の光が差し込む。背後で息を呑むリックは、警戒して周囲を見渡しながら、腰のレーザーガンに手を伸ばした。 「何かあったらすぐに言ってください。サポートします」  ラドはそんなリックを一度振り返り、短く頷いた。今度こそ、意識的な動作であるのは明確だ。  ひとつ息をついたリックもまた、「艇長の判断、信じますよ」と呟きつつ、共に進む決意を固めた。
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