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 目を開けて、ラドが最初に視界に捉えたのは、こちらを覗き込むリックの姿だった。 「艇長、大丈夫ですか?」  いつも明るいリックの顔には、不安が滲んでいる。ラドは寝そべったまましばらく彼を見つめ、ゆっくりと呼吸を整えた。  そして、静かに口を開く。 「……ただいま」  その一言が落ちた瞬間、自分の胸を縛り続けていた重い鎖がふっと解けた気がした。  リックは目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んで、安堵の息をつく。 「おかえりなさい、艇長」  リックの言葉が胸にそっと染み込こみ、ラドはふと掌を握った。  風の音、リックの存在、そして自分が今ここにいるという確かな感覚。  ゆっくりと起き上がるこの体には過去を振り返る痛みがまだ残っているが、ようやく初めて地を踏みしめた実感があった。  振り返った先には、光を失った機械が佇んでいる。役目を終えたようなその姿は、まるで過去そのものだと思った。 「行こう、リック」 「もういいんですか?」 「ああ」  小さく頷き、ラドはリックと共に廃墟――かつての自宅を後にした。  しかし、艇に戻る道中、おもむろに足を止めたラドは、眉を寄せる。 「艇長?」  首を傾げるリックに対して、目を逸らしたラドは言葉を探しながら口を開いた。 「リック、すまない。俺は、ずっと探していたものを、ようやく見つけた気がする。でも、それをどうお前に報告すればいいのか……正直難しい」  リックは一瞬きょとんとしたが、次いで軽く肩を竦める。 「今、無理に話さなくていいですよ。俺は待てますから。……それに、艇長のことだから、またすごく真面目な報告をするつもりでしょうけど、俺、いつものお堅いやつより、ちょっとラフな報告も聞いてみたいです」  リックの明るい声が重苦しい空気を軽やかに突き抜けた。  肩の力が抜ける感覚にひとつ瞬いたラドは、すぐに苦笑して少し呆れたように返す。 「報告ってのは、そういうもんだろう。……でも、ありがとう。いつも助かってる」  その言葉には、これまでにない素直な感情が込められていたような気がして、リックは少し照れ臭そうに笑いながら、 「まあ、俺は艇長のバディですからね」 と鼻を掻いた。  それから再びリックは歩き出し、足取りと同じく軽快な口調で「倒れた時は口から心臓が出た」などと冗談を交えながら話し続ける。そんな彼からは揺るぎない信頼が感じられ、ラドの歩みもその温かさに自然と軽くなっていった。  今度、吞みに誘ってみるのもいいかもしれない、と初めて考えることに少し笑みが浮かんだ。  艇に戻ると、リックはすぐに外部パネルを操作し、通信の有無を確認した。 「救援信号に応答がありました、艇長。母艦は上空で待機しているようです」  リックの報告にラドは息を整え、落ち着いた気持ちで通信機からの応答を待つ。 『――艇長、状況報告を』  やがて、宇宙艦からの声が届くと、ラドは通信機に手を伸ばして静かに応えた。 「宇宙艇06235、艇長ラド、副長リック両名ともに負傷なし。大気は良好、艇はケーブルの破損により浮上不可。空間転移システムに問題なし。回収を願う」 『了解。転移座標を送信する』  通信を終え、ラドがパネルから座標の暗号データを回収すると、リックはふっと微笑み、軽く伸びをする。 「さあて、帰りましょうか」  ラドは頷き、最後にもう一度大地を見つめた。 囁くように耳を撫でる風の音は、過去の痛みを思い出させながらも、彼を縛るものではない。 「もう、忘れない」  ラドは大地に手を触れる。掌から伝わる温かさは、星が共に生きると言っているようだ。 「ありがとう……」  彼は穏やかな笑みを浮かべ、しっかりと前を見据えて今を歩み出すのだった。
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