四.帰る場所

1/4
前へ
/14ページ
次へ

四.帰る場所

「ねぇ弘……、何度も言っているけど、そこに薫はいないよ。」 日没が迫る街並み。 恭介が会社に頼んでくれたのか、 今日は仕事を早上がりした弘樹が早めの帰路についていた。 「なに言ってんだよ、沙知絵。薫はここにいるじゃないか。」 帰宅後まっすぐに弘樹が向かったのは、相変わらずのいつもの場所。 いつものように、扉を開けて いつものように、不気味な笑顔で、 野菜や肉が無造作に並んだ、冷蔵庫の中から娘を探す。 「お願い、もうやめてよ。」 「沙知絵、お前、さっきから何なんだよ。」 弘樹は、心ここにあらずといった感じで、 沙知絵の方には目も向けず一心不乱で冷蔵庫の中を探す。 ドアポケットに入れた牛乳パック。 そこに描かれた陽気な牛のイラスト。 それだけが、何も知らず冷蔵庫の中で一匹笑っている。 沙知絵は弘樹の不気味な笑顔と重なって身震いをした。 その瞬間自然に発狂していた。 「ちゃんと、玄関の扉を開けた時に、ただいまって言ってよ!」 沙知絵の叫び声。 夕暮れが黄昏を連れてくる部屋に響き渡る。 ピタリと体が凍り付いた弘樹。 振り返りもせずに、その場をあとにする。 静かに玄関から出ていった弘樹はもう、帰ってこなかった。 ____誰もいない、マンションの一室。 日没がせまる。 薫がいなくなってから、いや殺されてから 何もかもが変わった。 もうどうにでもなれ……、沙知絵は座り込んだ。 どれくらい時がたっただろうか ドアホンの音が聞こえる。 ふらふらとしながら、インターホンごしに覗き穴をのぞく。 「奥さん、佐野恭介という男は知っていますか?」 制服を着た警察官がそこには立っていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加