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四.帰る場所
「ねぇ弘……、何度も言っているけど、そこに薫はいないよ。」
日没が迫る街並み。
恭介が会社に頼んでくれたのか、
今日は仕事を早上がりした弘樹が早めの帰路についていた。
「なに言ってんだよ、沙知絵。薫はここにいるじゃないか。」
帰宅後まっすぐに弘樹が向かったのは、相変わらずのいつもの場所。
いつものように、扉を開けて
いつものように、不気味な笑顔で、
野菜や肉が無造作に並んだ、冷蔵庫の中から娘を探す。
「お願い、もうやめてよ。」
「沙知絵、お前、さっきから何なんだよ。」
弘樹は、心ここにあらずといった感じで、
沙知絵の方には目も向けず一心不乱で冷蔵庫の中を探す。
ドアポケットに入れた牛乳パック。
そこに描かれた陽気な牛のイラスト。
それだけが、何も知らず冷蔵庫の中で一匹笑っている。
沙知絵は弘樹の不気味な笑顔と重なって身震いをした。
その瞬間自然に発狂していた。
「ちゃんと、玄関の扉を開けた時に、ただいまって言ってよ!」
沙知絵の叫び声。
夕暮れが黄昏を連れてくる部屋に響き渡る。
ピタリと体が凍り付いた弘樹。
振り返りもせずに、その場をあとにする。
静かに玄関から出ていった弘樹はもう、帰ってこなかった。
____誰もいない、マンションの一室。
日没がせまる。
薫がいなくなってから、いや殺されてから
何もかもが変わった。
もうどうにでもなれ……、沙知絵は座り込んだ。
どれくらい時がたっただろうか
ドアホンの音が聞こえる。
ふらふらとしながら、インターホンごしに覗き穴をのぞく。
「奥さん、佐野恭介という男は知っていますか?」
制服を着た警察官がそこには立っていた。
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