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「ヒロ、もう泣くなよ。分かったから。」
夜遅く。
久しぶりに弘樹が、
突然、恭介の元を訪ねてきた。
__うれしかった。
家庭を持った弘樹が、恭介の元を訪れるのは
片手で数えるくらいしかない。
そんな久しぶりの訪問者を、恭介は快く家に招き入れた。
弘樹はさっきから、子どものように、ずっとべそをかいている。
___恭介の膝枕の上で。
かわいいやつだ。
と思いながら、
もうそろそろ、いいかなと少し恭介はあきらめた。
こんなに、苦しんでいる弘樹を見るのは忍びない。
早く教えてあげよう。
とふと、弘樹が顔をあげる。
「恭介、お前んち、冷蔵庫あったけ?」
「あん?」
六畳一間しかない、恭介の狭いアパート。
以前、夢を追いかけて二人で住んでいたあの場所と似ている。
そんな狭い部屋の中では嫌でも
色白で幸薄い感じの
冷蔵庫は目立った。
「あー、買ったんだよ。こんな狭い部屋に置くのは、迷ったけどな。」
やれやれという表情で、恭介は応える。
何かを感じとったように、じっと見つめる弘樹の視線の先には冷蔵庫。
「開けてみろよ。ヒロ。」
「えっ__。」
弘樹の体が一瞬震えたのを恭介は見逃さなかった。
「開けたいんだろ、開けてみろよ。」
その言葉が終わるよりも早く弘樹は
瞬時に冷蔵庫の前に這って行った。
手が伸びる。
震えながら、鉛色の取っ手に手が伸びる。
今、開かずの扉が解き放たれ
張り詰めた空気が、一気に凍るような冷気があふれ出てくる。
目の前に現れたのは乱雑に置かれた生鮮食品の山。
中には、死んだ魚の目がこっちを凝視している様子もうかがえる。
___その横。
その魚の横に寄り添うように置いてあったのは、
霜でコーティングされ、
美しく輝いている薫の頭部だった。
「薫……。こ、こんなところにいたのか。」
震える手で、弘樹は薫の顔をむさぼるように撫でた。
背後に伸びる影がつぶやく。
「だって、薫ちゃんあの時言ってたじゃないか。
夏が好きだもん、冷蔵庫の中に入れば大丈夫って。
だから、俺がそうしてやったんだぞ。」
ゆっくりと振り返った弘樹が見上げた先には、
不気味な笑顔でほくそ笑む親友の姿。
「ヒロ、もう俺たちを邪魔する者は何もない。
帰ろう、二人で。
夢を追いかけていたあの頃のように。」
「恭介……。」
「ヒロ!!俺はここにいるぞ。俺に向かってあの頃のように言えよ!」
あまりの衝撃で瞠目した弘樹。
「なっ、ただいまって!
そしたら俺は全力でお前を抱きしめて迎え入れるから!
あの頃のように!」
思い切り両腕を広げた恭介がそこには立っていた。
弘樹を抱きしめる準備は十分にできたといわんばかりに。
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