四.帰る場所

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  「ヒロ、もう泣くなよ。分かったから。」 夜遅く。 久しぶりに弘樹が、 突然、恭介の元を訪ねてきた。 __うれしかった。 家庭を持った弘樹が、恭介の元を訪れるのは 片手で数えるくらいしかない。 そんな久しぶりの訪問者を、恭介は快く家に招き入れた。 弘樹はさっきから、子どものように、ずっとべそをかいている。 ___恭介の膝枕の上で。 かわいいやつだ。 と思いながら、 もうそろそろ、いいかなと少し恭介はあきらめた。 こんなに、苦しんでいる弘樹を見るのは忍びない。 早く教えてあげよう。 とふと、弘樹が顔をあげる。 「恭介、お前んち、冷蔵庫あったけ?」 「あん?」 六畳一間しかない、恭介の狭いアパート。 以前、夢を追いかけて二人で住んでいたあの場所と似ている。 そんな狭い部屋の中では嫌でも 色白で幸薄い感じの 冷蔵庫は目立った。 「あー、買ったんだよ。こんな狭い部屋に置くのは、迷ったけどな。」 やれやれという表情で、恭介は応える。 何かを感じとったように、じっと見つめる弘樹の視線の先には冷蔵庫。 「開けてみろよ。ヒロ。」 「えっ__。」 弘樹の体が一瞬震えたのを恭介は見逃さなかった。 「開けたいんだろ、開けてみろよ。」 その言葉が終わるよりも早く弘樹は 瞬時に冷蔵庫の前に這って行った。 手が伸びる。 震えながら、鉛色の取っ手に手が伸びる。 今、開かずの扉が解き放たれ 張り詰めた空気が、一気に凍るような冷気があふれ出てくる。 目の前に現れたのは乱雑に置かれた生鮮食品の山。 中には、死んだ魚の目がこっちを凝視している様子もうかがえる。 ___その横。 その魚の横に寄り添うように置いてあったのは、 霜でコーティングされ、 美しく輝いている薫の頭部だった。 「薫……。こ、こんなところにいたのか。」 震える手で、弘樹は薫の顔をむさぼるように撫でた。 背後に伸びる影がつぶやく。 「だって、薫ちゃんあの時言ってたじゃないか。 夏が好きだもん、冷蔵庫の中に入れば大丈夫って。 だから、俺がそうしてやったんだぞ。」 ゆっくりと振り返った弘樹が見上げた先には、 不気味な笑顔でほくそ笑む親友の姿。 「ヒロ、もう俺たちを邪魔する者は何もない。 帰ろう、二人で。 夢を追いかけていたあの頃のように。」 「恭介……。」 「ヒロ!!俺はここにいるぞ。俺に向かってあの頃のように言えよ!」 あまりの衝撃で瞠目(どうもく)した弘樹。 「なっ、ただいまって! そしたら俺は全力でお前を抱きしめて迎え入れるから! あの頃のように!」 思い切り両腕を広げた恭介がそこには立っていた。 弘樹を抱きしめる準備は十分にできたといわんばかりに。
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