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刹那、その沈黙を打ち破るかのように、
玄関のドアが激しく蹴破れた。
「弘樹!」
怒りに震えた形相。
刃渡り十センチともあろう包丁を片手に、
沙知絵が飛び込んで来た。
「沙、沙知絵……、どうしてここへ?」
「何言ってんのよ弘樹!離れて!早く恭介から離れて!」
震える手で刃物を振り回しながら、沙知絵は恭介を威嚇する。
「おいおい、沙知絵、いつも冷静なお前らしくないぞ。」
一瞬驚いた様子を見せた恭介だったが、すぐに何事もなかったかのように
話始める。
「サチ、お前もいい加減にヒロの言う事を信じてやれよ。
やっぱりそこに、かおるちゃんがいたよ。」
恭介が面倒くさそうに、ほらと言って指さした先。
まさかと
その先にある開け放たれた冷蔵庫の扉に恐る恐る沙知絵が近づく。
のぞき込んだその瞬間。
激しい悲鳴がとどろく_____
かと思いきや、人は本当に
衝撃を受けた時、声がでなくなることが、
沙知絵の状態を見て分かった。
「あ……、あっ……。薫。こんな寒いところにいたんだね。」
沙知絵の溢れでる涙が、かび臭い部屋の湿度をあげる。
「うっ……、一人でずっとお留守番してたんだね。冷蔵庫の中で。
でも隣にはお魚さんもいるから寂しくはなかったかな?」
無言の娘は何も語らない。
庫内灯に照らされ浮かび上がった薫の青白い顔。
娘は今、沙知絵の目と鼻の先に帰ってきた。
「ただいま、薫。ママ、今帰ったよ。」
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