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夜のとばりが部屋を覆う。
沙知絵の青白くそげた頬は、暗闇の中でも
冷たく小刻みに震えているのが分かる。
「みんな、みんな__。愛する誰かの帰りをまっているのよ。
だから、みんな元気よく、ただいまって言って帰るのよ!」
そう言った瞬時、沙知絵は阿修羅のような形相で
振り向きざまに、手にした刃物で恭介に襲いかかった。
鈍い音。
肉と骨がきしよせあう音。
その刃先には、
恭介の体をかばうように、
立ちはだかった弘樹のTシャツ
が赤く染まっていた。
「なんで!なんで弘樹!こんなやつのこと庇うの?」
崩れおちる弘樹を、必死に受け止めるのは恭介。
「……、わ、わるい、沙知……。
俺、……、実はずっと恭介のこと……。」
弘樹を抱きかかえた、恭介の口元がみるみると緩んでいく。
流れ出した血は点々と床に染み渡っていた。
「あっーヒロ、やっと帰ってきてくれたんだね。」
「……、あー。き、きょう、すけ……。た、だ、いま___。」
何事もなかったかのように会話が繰り広げられる。
恐怖におののいた沙知絵の眼球が縦横無尽に動き回る。
沙知絵の狂った声が響き渡ろうが、お構いなしに、血みどろの
二人はずっと抱きしめあっている。
開け放たれた冷蔵庫の扉。
その中から聞こえるのはコンプレッサーの機械音だけ。
そして、真っ赤な血を浴びた、幸薄い色白の冷蔵庫は
今、派手なデザインに様変わりして、
ただ一人静かにそこに立っていた。
「ただいま恭介。」
「おかえり弘樹___。」
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