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二.事件
弘樹の様子がおかしい___、と沙知絵から連絡があった時、
恭介は何とも言えない気持ちになった。
それもそのはず、あんな惨い事件が身に降りかかれば、
父親としておかしくなることは当然だと思う。
ただ、まだ、妻子もいない自分が、
どこまで同じ気持ちになれるかはわからないが__。
昼下がりの喫茶店。
大勢の客で混雑する、店内の奥の方。
肩を落として、うつむいている沙知絵が見える。
そこに、職場を抜け出した恭介が足早に近づく。
気づいた沙知絵は、
「恭介、ごめん、せっかくの昼休みなのに、呼び出して。」
ゆっくりと立ち上がって謝った。
まぁまぁと恭介はその場に座るように両手で差し伸べる。
「いいよ、親友の妻から呼び出されたら喜んでどこまでも。」
あまりにも沙知絵の表情が物々しく、その重苦しい雰囲気を変えようと、
恭介は男爵のようにふざけて片膝を折り、礼を尽くした。
そして、口上を述べようとして、顔をあげるも、
沙知絵の表情は硬いままだった。
あの事件以来、何も感じなくった沙知絵。
「弘……、弘樹にはばれなかった?ここにくること?」
「あー、今日は久しぶりに、外食してくるって言ってきた。」
「そっか……。」
職場の昼休みを、久しぶりに外で過ごす恭介。
誰か覗いていない者がいないか
しきりに、沙知絵は喫茶店の窓の外を気にしている。
「聞きたいのはヒロの職場での様子のことだろ?」
「うん……、弘樹、職場ではあいかわらず?」
正直な事を言うか、沙知絵の表情を見ると迷いが生じた。
ただ、何も言わず唇をかみしめた恭介の表情が
十分な返答だと分かったようで、沙知絵は首を垂れた。
「おかしいんだ……。」
「わるい、サチ。相変わらずというか、ひどくなってきている。」
「うっ……。」
「仕事になっていない。いや、製品の扉を次々に開けて、同じ文句の
繰り返しだ……。」
沙知絵の顔が一気に青ざめるのが分かった。
「薫ただいま、パパ、今帰ったぞって___。」
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