三.あの夏の日

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   喫茶店で沙知絵と別れた道すがら、 恭介の脳裏には、 三年前のある夏の日の出来事を思い返していた。 それは、温かい家庭を築いた弘樹の家に 遊びに行った時のこと。 「おう、恭介、暑かっただろう?あがれよ。」 「おう。」 Tシャツの縞柄が横に伸びきっている大柄な弘樹は、 恭介と並ぶとその体格差で圧倒される。 その凸凹コンビらしいところも生かした漫才ネタを 昔、よく練習していたことを恭介は覚えている。 リビングに招かれると、「あー、きょうすけおじちゃんだ。」 まだ、あどけない表情の薫が恭介を見て指差した。 「おー薫ちゃん、久しぶりだな。いい子にしてたか?」 「うん、かおるね、いいこにしているよ。」 バタバタと手を叩く姿がなんとも愛くるしい。 「せっかくの休みの日にごめんね、恭介。」 リビングキッチンの奥から、エプロン姿の 沙知絵の笑顔が見える。 「いいよ、どうせ俺、独り身だし。」 「まぁ、そんなつれないこといっちゃって。」 ちょっと怒った顔で沙知絵は口を尖らせる。 リビングにはところせましと、今しがた薫が遊んでいたのか、 ブロックが散乱し、 それを、まいったなと言いながらでも 嬉しそうに片づけている弘樹がいた。 棚の上には、家族旅行の写真や生まれたばかりの薫の写真が 、レースのカーテンから差し込む光で、輝いて見える。 どの写真も、画角に納まりきらないくらいの幸せが あふれている。 恭介は目を細めて見た。 「相変わらず今日も外暑そうだな。」 空調が効いている中でも、汗をぬぐう弘樹が 恭介に近づく。 「ヒロ、あのさ……。」 話しかけた恭介のその言葉を打ち消すように、 「はーい、みんなで食べましょうね。」 ガラスボウルに入れられた素麺を持って、 妻の沙知絵がリビングに現れた。
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