第6話 その頃当のPH7では①

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 HISAKAはちょっと待って、と言って本棚から当時のものらしい美術館の期間展示の図版を取りだした。  レンガ色の表紙に黒で歯車をイメージしたような模様が描かれている。その上に、今では絶対使わないぞ、と思われるような字体で「モダン東京・1920年代」と書かれている。  厚さ三センチはあるんじゃないかと思われるその図版の特定のページをHISAKAはすぐに出してみせる。  TEARは特にその時代にも芸術運動にも興味はない。だからある程度話が進んだところで不意に訊ねる。 「あ、そういえば今日は全員集合だったっけ」 「うん。P子さんも来るけど」 「今日返事するって言ってたっけ?」 「うん。まあたぶん大丈夫でしょうけど」  上手く話題は変わったようでTEARはほっとする。自分から切り出した話題とは言え、少しうんざりしかかっていた。  P子さんはここの所ずっとサポートという形でライヴや、つい先日参加したメジャーレコード会社のオムニバスアルバムではギターを弾いてくれた。 「いつも思うけどあんたのその根拠なしの自信ってのは何処からくるんだ?」 「あれ? あんた無かったっけ」 「そりゃないとは言わないけど」  あんた程にはないんだよ、とは言わない。 「ま、あたしもP子さんのギターも人柄も結構好きだから、入ってくれるんなら万々歳だけどね」 「それにMAVOちゃんが懐いてる」 「うん。あれは意外だった」 「あんたも」 「うん」  まあ自分に対してよりはそうだろうな、とTEARは思う。  と、窓の外に赤い髪の毛が見えた。 「こんにちはー」  のんびりと、抑揚のない声が聞こえたのでMAVOは玄関まで出た。  はーい、とドアを開けると彼女の好きな赤い髪のギタリストが立っていた。 「わーいP子さんだ」  入って入って、とMAVOはにこにこ顔になる。靴を脱ぎながらP子さんは訊ねる。 「こんにちわMAVOちゃん、元気してましたか」 「元気よー? HISAKAーっ、P子さん来たあ」  声がしたので、よっこらしょ、と二人とも腰を上げた。そして「スタジオ」の入り口からこっちこっち、と手を振る。 「お元気でしたかHISAKA? TEARさんや」 「ええ全く。で、こないだの返事」 「パーマネントなメンバーになるかってことでしたね?」  ごそごそと上着のポケットをまさぐりながら、 「ま、あぁた達面白そうですし、しばらく付き合ってみましょうかと」 「じゃOKなのね」 「そういうことになりますかね」  あ、あった、とつぶやいてP子さんはポケットから何やら取り出す。テープ? とそれを見てTEARは訊ねる。 「行きに弦買いに『P-WAVE』へ寄ってったら、ナカタジマさんがよこしたんですよ。オムニバスん時の仮録りですとさ」 「仮録り? 別にうちのはあるじゃない」  HISAKAは受け取りながら言う。P子さんはギターと自分を長椅子の上に投げ出す。 「何でもうち以外のバンドがいくつか入ってるからってことですよ。まだもうちょいとリリースまでには時間あるし」 「試し聴くにはいい具合、ってとこか」 「あ、そう言えばTEAR、こないだの対バンだった横浜のバンドも入ってますよ」 「F・W・A(ふらっと)も? そりゃ嬉しい」 「そんな嬉しい?」  MAVOは訊ねる。 「そりゃ嬉しいよーっ。あそこ音源全然出さないからさあ」 「それもそうだね」  ちら、とMAVOは横目でTEARを見る。そしてにっと笑う。 「TEAR本っ当に好きだもんねー」 「MAVOちゃん何を言いたい?」 「いんや別に、こないだのさあ、対バンになる前にわざわざあたしを連れてって行ったのがあそこで、そのあたしを放り出して切れまくっていた、なんて言ーわない」 「おい」 「ねー。登場したらすぐ、いきなり最前まで走って突っ込んでいたとか、アンコールでギタリストさんの投げ物必死で拾ってたとか、水かぶって喜んでいたとか、ダイブしてくるのを喜々として受けとめてたなんて、ええ全く口が裂けても」 「言っとるやんけーっ!」 「別に言わないなんて言ってないもーん」  ふわふわ、とMAVOは笑う。そしてそれを聞いていたHISAKAは形のいい眉の片方を吊り上げ。 「ほー… こないだあたしに内緒で横浜までMAVOちゃん連れ出した時にそういうことがあったんですかあ」 「仕方ねーじゃんかよ? だってHISAKA、あんたあん時いなかったんだからさあ。あんたマリコさんまで連れていったから、つまらなさそうにしてたMAVOちゃん誘ったんだよーっ。あんた居たらあんたも誘ったよーだ」  ぐっとHISAKAはそこで詰まる。確かにそうだった。  だがその理由と行き先はまだ言えない。
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