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第6話 その頃当のPH7では①
「一度ちゃんと聞いておきたかったんだけど」
メンバーに集合かけたある日、「スタジオ」でベースをいじくっていたTEARが真面目な顔をして、同じくスタジオでピアノでぽろぽろと遊んでいたHISAKAに言った。
その表情があまりに真剣なのでさすがにHISAKAも焦って、目の前の譜面を取り落としそうになってしまった。
「な、何?」
「MAVOちゃんの名。あれどういう意味なのさ」
「ああ、あれ? だから前言ったじゃない、1920年代の芸術運動がどーのって」
「あたしは聞いてないって」
あれそうだったっけ、とHISAKAは首をひねる。
結構初対面の人間に名前を言うと聞かれる話だったので、このメンバーの彼女に言ってなかったということを全く忘れていたのだ。
「それにただ『芸術運動』じゃあたしゃ判らないって。別にそういう歴史勉強した訳じゃねーんだから」
「あ、そーか」
まあはっきり言ってHISAKAとてこれこれこういうものだ、と的確に説明できる訳ではない。
「あのさあ、あんたと会う一年くらい前にバンドは始めたんだけど、その時何て呼び名にしようかと話し合ったのよ」
「ふむふむ」
「ほら、あんただってそんな単純な呼び名じゃないでしょうに?」
「まあそうだけど」
TEARと書いて「てあ」と読ませる女はうなづく。
「まあ名前みたいな奴の方がいいと思ったのね。やっぱり呼ばれ慣れてるでしょ」
「まあそうだな」
「あんたの場合、咲久子だからってそのままSAKUKOなんてやったらもの凄く女っぽくなっちゃうから止したんじゃない?」
「まーねー。それに名字はあまり好きじゃないし」
「だからまあ、多少ひねって、どういう理由でもいいから覚えられるような方がいいな、と」
「ほー」
そこまで考えるかあ? とTEARはマンゴーの種を無意識にしゃぶってしまった時のような顔になる。
「あんたの名は結構簡単だから覚えられるな。聞いただけじゃ名か名字が判らないけどさ」
「まーね。実際つけた理由も簡単だからね。で、その代わりMAVOちゃんには凝りましょうと思ったのよ」
何故だあ? TEARは同じ表情を繰り返す。
MAVOも、彼女達にいつも付いている「マリコさん」と呼ばれている女性もHISAKAのことはハルさんと呼んでいる。
最近は呼ぶ回数も減ったが、それでも時々ぽっと口にする。電話で紹介する名などでHISAKAの「ひさか」が名字だということは知っていたから、それが名前の方だと思いつくのは簡単だ。
ところがMAVOに関してはそれ以外の呼称がないようにも聞こえる。まるで生まれた時からそれ以外の名がなかったように。
「1920年代に、日本でそういう名前の芸術グループがあったの。結構前衛的なことやっていたって聞いたわ。で、そのグループの会誌の名がそのまんま『マヴォ』」
「へー」
よく知ってるねえ、とTEARは素直にそう口にした。彼女には全くもって興味のない部分だった。
「いや別に、たまたまその頃、都市文化がどーのこーの、ってのにキョーミあって、MAVOちゃん連れて美術館行ったのよ。それが面白かったんでつい」
だから普通はそんな所でヒントは拾わないって。
そう言おうと思ったがTEARはあえてパスした。結局HISAKAはその答を言うことに終始していても、その本当の意味を言おうとはしていないのだ。
聞いていてTEARは思う。
これは用意された答だ。
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