未来の記憶

5/20
前へ
/61ページ
次へ
 思い出した。  彼と喧嘩していた理由。  グラウンドに行かなくなった私を、彼は心配してたんだ。  余計なお世話だって、彼のことを突っぱねた。  きっかけは確か、——そう  夏が始まる頃だった。  「…私はもう、飛ばないから」  「は?飛ばない、…って?」  「ほら、わかるでしょ。“才能”ってさ、人にはあるんだよ。どれだけ頑張っても、越えられない壁っていうか」  「…なんだそれ」  「おかしい?」  「今度の大会はどうすんだよ」  「…大会?…ああ、出ないと思う」  「なんで?」  「…なんでって、そりゃ…」  彼は私のことを引っ張って、グラウンドに行こうと誘ってきてた。  その度に私は断ってた。  行ったってしょうがないし、急に飛べるようになるわけでもないし。  「インターハイに出る。それが目標なんだろ?」  「昔の話だよ」  「…昔って、去年の話じゃねーか」  そうだね。  2年生の頃はまだ、自分のことを信じようとしてた。  「飛べる」って思ってた。  まっすぐバーに向き合ってれば、——きっと。  「もう少し頑張ってみろよ」  「…」  「俺だって、才能なんかねーし」  彼は彼で、甲子園に行くって夢見てた。  でもそれは、私なんかよりもずっと現実的な話だった。  才能がないって言うのも嘘。  才能のない人が、チームのエースになんかなれない。  当時はこう思ってた。  軽々しく、「頑張ろう」なんて言わないで、って。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加