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「もういいんだ」
「…おいおい」
「ハルはハルで、自分のことに集中したら?」
「集中してるし…」
「嘘ばっか。じゃあなんで喧嘩なんてしたのよ」
「たまには喧嘩くらいするっつーの」
「うまく投げられないんでしょ?」
「うるせーな。俺のことはいいんだよ」
「いつもそうだよね?そうやって、自分のことは棚に上げてさ?」
知ってるよ。
ハルが大丈夫なことは。
夏が始まる頃には、きっと良くなる。
野球に真剣だったよね?
うまくいかなくても、絶対諦めなかった。
部活が終わっても、しばらくグラウンドに残ってた。
知ってたよ。
ハルが負けず嫌いだってことも。
隠れて努力してたことも。
羨ましかったんだ。
ハルみたいに強くなれれば、どんなにいいだろうって。
「上げてねーし」
「はいはい」
ハルなら、大丈夫。
口先だけじゃないって知ってる。
不器用なところもあるけど、それはそれで。
彰君とも仲直りできるし、皆ともさ?
「絶対大丈夫だって」
「なにが?」
「飛べないって思うから、飛べないんだ」
「知ったような口ぶりだね」
「…そんなつもりはねーけど」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
「…ああ、ごめん。ハルらしいなって思って」
「あぁ?」
「いつもこんなふうに励ましてくれたよね?お節介っていうかなんていうか」
「なんで過去形なんだよ」って、やさぐれた声で。
つい昨日のことのようだった。
他愛もないことで話し合う、こんな会話が。
彼がいなくなってから、時々考えてた。
あの時、ハルが私に言おうとしていたこと。
グラウンドに戻ろうって、言ってくれたこと。
いなくなってわかったんだ。
そう言ってくれる人が、身近にいたんだって。
夢が叶うとか叶わないとか、そういうことじゃない。
もっとずっと大事なことが、身近にあった。
走って行ける場所があった。
今しかできないことが、——そばに。
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