リン 5

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 まるで、悪魔のように、笑ったのだ…  美しい悪魔のように、笑みを浮かべたのだ…  その姿は、ルシフェル…  堕天使ルシフェルを思い起こさせた…  私の脳裏に、堕天使ルシフェルを、思わず、連想させた…  「…お久しぶりです…お姉さん…」  葉問が、言った…  堕天使ルシフェルが、言った…  私は、機械的に、  「…久しぶりさ…」  と、返した…  それから、続けて、  「…なるほど、葉尊は、うまく自分の感情を抑えることが、できないから、オマエに代わったわけか…」  と、ぶっちゃけた…  この葉問は、夫の葉尊のもう一つの人格…  夫の葉尊は、二重人格…  一つのカラダの中に、二つの人格を持っている…  それは、いわゆる演じているのではなく、別の人格を持っているということだ…  別の言い方をすれば、二人で、一つのカラダを共有していると、言える…  私が、そんなことを、考えていると、  「…それは、お姉さんの考えです…」  と、葉問が、笑って言った…  「…私の考え?…」  「…葉尊が、うまく自分の感情をコントロールできないから、ボクに切り替わった…あるいは、ボクにバトンタッチしたと、いうことです…」  葉問が、説明する…  たしかに、言われてみれば、その通り…  その通りなのだ…  あくまで、私が言ったのは、私の意見…  真実ではないかも、しれんからだ…  真相ではないかも、しれんからだ…  私は、葉問の言い分を認めた…  だから、私は、  「…わかったさ…」  と、言った…  「…オマエの言い分を認めてやるさ…」  私が、言うと、葉問が、笑った…  「…これは、お姉さんに認めて、もらって、光栄です…」  と、言って、笑った…  が、  嫌な気分では、なかった…  正直、私を、バカにしたような言い方だが、別段、嫌な気分は、なかった…  要するに、私は、この葉問と話しやすいのだ…  この葉問と気が合うのだ…  夫の葉尊より、葉問の方が、気が合うのだ…  つまり、そういうことだ(笑)…  これは、誰でも、同じ…  同じだ…  要するに、ただ、気が合うのだ…  これは、いい、悪いでは、ない…  ただ、自分と気が合う…  あるいは、話が合う…  だから、好きなのだ…  夫の葉尊には、申し訳ないが、好きなのだ…  そして、それは、おそらく、葉問も同じ…  きっと、私を好きに違いない…  これは、当たり前だが、一方が、ただ、盲目的に好きというのは、普通は、ありえない…  友人、知人の場合は、大抵、自分が、相手を好きなら、その相手も、自分を好きな場合が、多い…  自分が、好きで、相手は、自分を嫌いというのは、滅多にあるものでは、ないからだ…  それは、例えば、ブザイクな男が、一方的に、美人を好きだという例は、ある。  その場合は、美人が、一方的にブザイクな男を嫌うかも、しれない…  が、  それは、稀…  稀だ…  そして、その場合もまた、美人が、嫌な気持ちをしない場合も、多い…  なぜなら、自分を好いているからだ…  誰でも、そうだが、自分を好いてくれる人間は、普通は、嫌いになれないものだからだ…  もちろん、相手が、しつこくて、ストーカーにでもなれば、困るが、普通は、そこまでは、いかないものだ…  ただ、好き…  それだけだ…  だから、実害が、ない…  だから、いいのだ…  私が、そんなことを、考えていると、  「…お姉さんは、面白い…」  と、いきなり、葉問が、言った…  「…実に、面白い…」  と、続けた…  これは、聞き捨てならない言葉…  私は、頭に来た…  だから、  「…なにが、面白いのさ…」  と、聞いてやった…  「…ボクが、一言言うと、必ず、なにか、考える…」  葉問が、言った…  「…一体、言葉の裏に、どんな意味があるのか、考えているのでしょ?…」  葉問が、笑う…  「…お姉さんは、そういうひとです…」  「…私は、そういうひと? どういうひとなんだ?…」  「…天衣無縫…誰からも愛される…」  「…なんだと? 誰からも愛されるだと?…」  「…そうです…真逆に、嫌われる人間は、誰からも、嫌われるものです…」  「…」  「…そして、誰からも、好かれる人間も、誰からも、嫌われる人間も、案外、本人には、自覚が、ないものです…」  「…自覚がないだと?…」  「…ハイ…要するに、自分が、周囲から、好かれていても、自分では、そんなに好かれているとは、思ってないし、真逆に嫌われていても、そんなに嫌われているとは、思ってないものです…」  「…」  「…要するに、鈍感なんです…」  葉問が、笑った…  「…お姉さんが、その見本です…」  「…なんだと? …私が、見本?…」  「…お姉さんは、誰からも好かれます…でも、お姉さんに、その自覚は、ないでしょ?…」  「…それは、ないさ…」  「…そして、そんなお姉さんだから、葉敬も安心する…」  「…お義父さんが、安心? …どういうことだ?…」  「…今度の来日です…」  「…来日が、どうかしたのか?…」  「…おそらく、葉敬の狙いは、お姉さんです…」  「…なに、私? …どういう意味だ?…」  「…今度の来日で、リンを連れて来る…リンを同伴する…その狙いです…」  「…狙いだと?…」  「…リンは、台湾で、絶大な人気のある、球団所属のチアガールです…でも、陰で、色々な噂がある…」  「…噂?…」  「…C国のスパイだとも、台湾のお偉いさんの枕とも、言われています…」  「…」  「…でも、どれも、確証がない…どれも皆、根も葉もない噂に過ぎないかも、しれない…」  「…なんだと?…」  「…リンは、有名人…すると、それを妬んで、根も葉もない噂を流す人間も、大勢います…」  「…大勢いるだと?…」  「…お姉さんも、知っているように、世間には、それほど、善人は、多くは、ない…」  葉問が、笑った…  またも、ルシフェルのような笑いを見せた…  「…しかしながら、悪人も、また少ない…そんな音も葉もない噂を流す人間も、少ない…」  「…」  私は、葉問の言葉を聞きながら、葉問の狙いを考えた…  この葉問…  いつも、そうだが、私を試す…  わざと、試す…  要するに、相手の力を測っているのだ…  私の力を測っているのだ…  「…つまり、お義父さんは、私にリンの正体を見抜けと言っているわけか?…」  「…その通りです…お姉さん…」  葉問が、言う…  「…だから、葉敬は、リンを連れてやって来るというわけです…」  葉問は、言う…  自信を持って言う…  が、  私は、騙されんかった…  騙されんかったのだ…  「…それは、オマエの憶測だろう…」  と、喝破した…  「…オマエの憶測に過ぎないだろう…」  と、見抜いた…  私の言葉に、  「…エッ?…」  と、葉問が、絶句した…  「…たしかに、オマエは、頭がいいさ…私より、頭がいいさ…でもな、葉問…」  「…なんですか?…」  「…上には、上があるということを、忘れちゃダメさ…」  「…上には、上があるということですか?…」  「…そうさ…」  「…で、具体例は?…」  「…それは、お義父さんさ…」  「…葉敬…」  「…そうさ…」  「…葉敬のなにが、ボクより上なんですか?…」  「…お義父さんは、苦労人さ…それに、オマエより、はるかに、修羅場をくぐっているだろうさ…」  「…修羅場?…」  「…オマエのように、頭で、考えていたばかりじゃ、ダメさ…頭でっかちじゃ、ダメさ…ひとは、経験さ…何度も、失敗して、学ぶものさ…」  私は、言った…  自信を持って、言った…  すると、葉問が、考え込んだ…  目の前の葉問が、考え込んだ…  そして、  「…では、この葉問が、葉敬に騙されていると、お姉さんは、言っているわけですか?…」  と、聞いた…  「…そこまでは、言ってないさ…」  「…言っていない?…」  「…そうさ…ただ、自分が、一番だと、思っちゃダメさ…常に自分より、上の人間が、いると、思わなきゃ、ダメさ…」  「…どうして、ですか?…」  「…きっと、足元をすくわれるさ…」  「…足元をすくわれる?…」  「…そうさ…いつも、自分を一番だと、思っている人間は、当たり前だが、天狗になっている…だから、相手も、それを利用する…」  「…利用?…」  「…簡単に言えば、目の前に大きな穴を掘る…すると、誰もが、その穴に気付いて、その穴をよけるものさ…でも、ホントは、その大きな穴は、おとりで、ホントは、わざと、一見、気付きにくい場所に、いくつも、小さな穴を掘って、そこに、落ちるのを、狙っているものさ…」  「…つまり、葉敬も、それと、同じだと?…」  「…それは、わからんさ…ただ、何事も自信満々なオマエは、いずれ、誰かに足元をすくわれると、言っているだけさ…」  私は、言って、やった…  実に、適当なことを、言ってやった…  わざと、言ってやった…  実は、この矢田トモコ…  この葉問のいつも、自信満々な態度が、近ごろ、少々鼻についてきたのだ…  この葉問には、世話になっている…  過去には、何度も、助けて、もらったこともある…  この葉問は、恩人…  間違いなく、この矢田の恩人の一人だった…  にも、かかわらず、ふと、いつも、自信ありげな態度が、少々、鼻についたのだ…  だから、言ってやった…  わざと、悩むように、言ってやった…  わざと、戸惑わせて、やった…  わざと、困らせてやったのだ…  すると、葉問が、考え込んだ…  深く、考え込んだ…  この矢田の仕掛けた罠にはまったのだ!…  私は、それを、見て、実に、気分が、良かった…  いい気味だと、思った(笑)…                <続く>
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