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まるで、悪魔のように、笑ったのだ…
美しい悪魔のように、笑みを浮かべたのだ…
その姿は、ルシフェル…
堕天使ルシフェルを思い起こさせた…
私の脳裏に、堕天使ルシフェルを、思わず、連想させた…
「…お久しぶりです…お姉さん…」
葉問が、言った…
堕天使ルシフェルが、言った…
私は、機械的に、
「…久しぶりさ…」
と、返した…
それから、続けて、
「…なるほど、葉尊は、うまく自分の感情を抑えることが、できないから、オマエに代わったわけか…」
と、ぶっちゃけた…
この葉問は、夫の葉尊のもう一つの人格…
夫の葉尊は、二重人格…
一つのカラダの中に、二つの人格を持っている…
それは、いわゆる演じているのではなく、別の人格を持っているということだ…
別の言い方をすれば、二人で、一つのカラダを共有していると、言える…
私が、そんなことを、考えていると、
「…それは、お姉さんの考えです…」
と、葉問が、笑って言った…
「…私の考え?…」
「…葉尊が、うまく自分の感情をコントロールできないから、ボクに切り替わった…あるいは、ボクにバトンタッチしたと、いうことです…」
葉問が、説明する…
たしかに、言われてみれば、その通り…
その通りなのだ…
あくまで、私が言ったのは、私の意見…
真実ではないかも、しれんからだ…
真相ではないかも、しれんからだ…
私は、葉問の言い分を認めた…
だから、私は、
「…わかったさ…」
と、言った…
「…オマエの言い分を認めてやるさ…」
私が、言うと、葉問が、笑った…
「…これは、お姉さんに認めて、もらって、光栄です…」
と、言って、笑った…
が、
嫌な気分では、なかった…
正直、私を、バカにしたような言い方だが、別段、嫌な気分は、なかった…
要するに、私は、この葉問と話しやすいのだ…
この葉問と気が合うのだ…
夫の葉尊より、葉問の方が、気が合うのだ…
つまり、そういうことだ(笑)…
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
要するに、ただ、気が合うのだ…
これは、いい、悪いでは、ない…
ただ、自分と気が合う…
あるいは、話が合う…
だから、好きなのだ…
夫の葉尊には、申し訳ないが、好きなのだ…
そして、それは、おそらく、葉問も同じ…
きっと、私を好きに違いない…
これは、当たり前だが、一方が、ただ、盲目的に好きというのは、普通は、ありえない…
友人、知人の場合は、大抵、自分が、相手を好きなら、その相手も、自分を好きな場合が、多い…
自分が、好きで、相手は、自分を嫌いというのは、滅多にあるものでは、ないからだ…
それは、例えば、ブザイクな男が、一方的に、美人を好きだという例は、ある。
その場合は、美人が、一方的にブザイクな男を嫌うかも、しれない…
が、
それは、稀…
稀だ…
そして、その場合もまた、美人が、嫌な気持ちをしない場合も、多い…
なぜなら、自分を好いているからだ…
誰でも、そうだが、自分を好いてくれる人間は、普通は、嫌いになれないものだからだ…
もちろん、相手が、しつこくて、ストーカーにでもなれば、困るが、普通は、そこまでは、いかないものだ…
ただ、好き…
それだけだ…
だから、実害が、ない…
だから、いいのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さんは、面白い…」
と、いきなり、葉問が、言った…
「…実に、面白い…」
と、続けた…
これは、聞き捨てならない言葉…
私は、頭に来た…
だから、
「…なにが、面白いのさ…」
と、聞いてやった…
「…ボクが、一言言うと、必ず、なにか、考える…」
葉問が、言った…
「…一体、言葉の裏に、どんな意味があるのか、考えているのでしょ?…」
葉問が、笑う…
「…お姉さんは、そういうひとです…」
「…私は、そういうひと? どういうひとなんだ?…」
「…天衣無縫…誰からも愛される…」
「…なんだと? 誰からも愛されるだと?…」
「…そうです…真逆に、嫌われる人間は、誰からも、嫌われるものです…」
「…」
「…そして、誰からも、好かれる人間も、誰からも、嫌われる人間も、案外、本人には、自覚が、ないものです…」
「…自覚がないだと?…」
「…ハイ…要するに、自分が、周囲から、好かれていても、自分では、そんなに好かれているとは、思ってないし、真逆に嫌われていても、そんなに嫌われているとは、思ってないものです…」
「…」
「…要するに、鈍感なんです…」
葉問が、笑った…
「…お姉さんが、その見本です…」
「…なんだと? …私が、見本?…」
「…お姉さんは、誰からも好かれます…でも、お姉さんに、その自覚は、ないでしょ?…」
「…それは、ないさ…」
「…そして、そんなお姉さんだから、葉敬も安心する…」
「…お義父さんが、安心? …どういうことだ?…」
「…今度の来日です…」
「…来日が、どうかしたのか?…」
「…おそらく、葉敬の狙いは、お姉さんです…」
「…なに、私? …どういう意味だ?…」
「…今度の来日で、リンを連れて来る…リンを同伴する…その狙いです…」
「…狙いだと?…」
「…リンは、台湾で、絶大な人気のある、球団所属のチアガールです…でも、陰で、色々な噂がある…」
「…噂?…」
「…C国のスパイだとも、台湾のお偉いさんの枕とも、言われています…」
「…」
「…でも、どれも、確証がない…どれも皆、根も葉もない噂に過ぎないかも、しれない…」
「…なんだと?…」
「…リンは、有名人…すると、それを妬んで、根も葉もない噂を流す人間も、大勢います…」
「…大勢いるだと?…」
「…お姉さんも、知っているように、世間には、それほど、善人は、多くは、ない…」
葉問が、笑った…
またも、ルシフェルのような笑いを見せた…
「…しかしながら、悪人も、また少ない…そんな音も葉もない噂を流す人間も、少ない…」
「…」
私は、葉問の言葉を聞きながら、葉問の狙いを考えた…
この葉問…
いつも、そうだが、私を試す…
わざと、試す…
要するに、相手の力を測っているのだ…
私の力を測っているのだ…
「…つまり、お義父さんは、私にリンの正体を見抜けと言っているわけか?…」
「…その通りです…お姉さん…」
葉問が、言う…
「…だから、葉敬は、リンを連れてやって来るというわけです…」
葉問は、言う…
自信を持って言う…
が、
私は、騙されんかった…
騙されんかったのだ…
「…それは、オマエの憶測だろう…」
と、喝破した…
「…オマエの憶測に過ぎないだろう…」
と、見抜いた…
私の言葉に、
「…エッ?…」
と、葉問が、絶句した…
「…たしかに、オマエは、頭がいいさ…私より、頭がいいさ…でもな、葉問…」
「…なんですか?…」
「…上には、上があるということを、忘れちゃダメさ…」
「…上には、上があるということですか?…」
「…そうさ…」
「…で、具体例は?…」
「…それは、お義父さんさ…」
「…葉敬…」
「…そうさ…」
「…葉敬のなにが、ボクより上なんですか?…」
「…お義父さんは、苦労人さ…それに、オマエより、はるかに、修羅場をくぐっているだろうさ…」
「…修羅場?…」
「…オマエのように、頭で、考えていたばかりじゃ、ダメさ…頭でっかちじゃ、ダメさ…ひとは、経験さ…何度も、失敗して、学ぶものさ…」
私は、言った…
自信を持って、言った…
すると、葉問が、考え込んだ…
目の前の葉問が、考え込んだ…
そして、
「…では、この葉問が、葉敬に騙されていると、お姉さんは、言っているわけですか?…」
と、聞いた…
「…そこまでは、言ってないさ…」
「…言っていない?…」
「…そうさ…ただ、自分が、一番だと、思っちゃダメさ…常に自分より、上の人間が、いると、思わなきゃ、ダメさ…」
「…どうして、ですか?…」
「…きっと、足元をすくわれるさ…」
「…足元をすくわれる?…」
「…そうさ…いつも、自分を一番だと、思っている人間は、当たり前だが、天狗になっている…だから、相手も、それを利用する…」
「…利用?…」
「…簡単に言えば、目の前に大きな穴を掘る…すると、誰もが、その穴に気付いて、その穴をよけるものさ…でも、ホントは、その大きな穴は、おとりで、ホントは、わざと、一見、気付きにくい場所に、いくつも、小さな穴を掘って、そこに、落ちるのを、狙っているものさ…」
「…つまり、葉敬も、それと、同じだと?…」
「…それは、わからんさ…ただ、何事も自信満々なオマエは、いずれ、誰かに足元をすくわれると、言っているだけさ…」
私は、言って、やった…
実に、適当なことを、言ってやった…
わざと、言ってやった…
実は、この矢田トモコ…
この葉問のいつも、自信満々な態度が、近ごろ、少々鼻についてきたのだ…
この葉問には、世話になっている…
過去には、何度も、助けて、もらったこともある…
この葉問は、恩人…
間違いなく、この矢田の恩人の一人だった…
にも、かかわらず、ふと、いつも、自信ありげな態度が、少々、鼻についたのだ…
だから、言ってやった…
わざと、悩むように、言ってやった…
わざと、戸惑わせて、やった…
わざと、困らせてやったのだ…
すると、葉問が、考え込んだ…
深く、考え込んだ…
この矢田の仕掛けた罠にはまったのだ!…
私は、それを、見て、実に、気分が、良かった…
いい気味だと、思った(笑)…
<続く>
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