水神様を怒らせた!

1/1
前へ
/9ページ
次へ

水神様を怒らせた!

 配信は三十分だけ見られた。  韓流アイドルって、わたしの人生の「光」なんだ。わたしなんか根暗で、学校でも、どこか避けられがちなのに。 「推し」が人生の支えになるって本当のことだね。  たとえ、ドームのコンサートに行けなくたって、今はライブの配信が見られる世の中だよね。  キラキラしたお星様みたいな韓流アイドルのグループ。リイくんというのがわたしの最推しなの。  リイくんの尊い姿を思い浮かべながら、朝六時半ごろ、朝ごはんの支度をしていた。自然に、さっきまで聴いていたメロディを口ずさんでしまう。すると、起きてきたおばあさまが「杏奈さん、朝のお勤め、まだでしょう」なんて言ってきた。 「今日は早く目が覚めたので、朝五時に水やりに行ったのです。おばあさま。心配なさらないで」  一分の隙もおばあさまには御法度。丁寧な言葉で、わたしは嘘をついた。「神職を継ぐわたし」は、お母さんがまだ生きていた小さな頃から、おばあさまに言葉遣いや礼儀作法を仕込まれてきた。  おばあさまは、何かの文句をもごもご唱えていた。  食事だって、作法がとても窮屈なの。  わたしからしゃべりかけることもできない。おばあさまの機嫌を損ねないよう、そつなく受け答えする毎日。  他のみんなは、そんな食卓なの?  クラスのみんなは、給食を食べながら、やかましいくらいよくしゃべる。わたしは会話にいつも入れない。だって、家でしゃべれない人間に、同年代との会話なんてハードル高い。 「本当、もう疲れたよー」  朝ごはんが済み、部屋に帰ったわたしは、思い切り布団に顔をくっつけて、「叫ぶ」。 「わたし、普通の家に生まれたら良かったー。神職を継ぐなんて嫌だー。『おろち様』も、この家だって、あり得ないでしょ」  そのまま、頭がしばらく痛くて、じっとしていた。メンタルよわよわでも、体は極めて丈夫なわたしには珍しい。  そのうちに、わたしの右腕が強く痛み出した。  なんとなく、腕を見ていると、メリメリと、皮膚に「なにか」の模様が刻まれていくではないの。夏服のブラウスを着ていて半袖なので、わたしの腕の変化はつぶさにわかった。 「なに? や。嫌」  まるで、直接、肌に彫ってしまったみたいな、黒々としたアザが右腕に浮かんでた。しかも、女性と蛇の混ざったような、不気味な形をしている。 「何これ。いや。嫌。消えて!」  そうだ! 水で冷やしたらいいかもしれない。  我が家の台所の水道にドタドタと向かった。 「杏奈さん。廊下は走らない!」  おばあさまが怒鳴るけれど、緊急事態だよ。これ。  水道の蛇口を思い切りひねる。  その途端、蛇口のハンドルが「外れて」しまった。もしかしたら、水道管が壊れたの? 怒涛の勢いで、水が出てくる。そして、その水は、アザと同じような姿を形作った。透明だけれど、上半身が女性で、下半身が蛇。何も知らなければ人魚姫に見えたろうに。 「『おろち様』。おお。なんということ」  おばあさまがわたしの隣で、ワナワナしながら何かを唱えている。 「お許しくださいませ。街に水害などもたらさぬように。あなた様はこの土地の『守り神』なのです」  おばあさまは震える声で言った。 「デモ。そこのムスメは、アサノオツトメをしませんでしたわ」 「おろち様」は女性の高く澄んだ声で、わたしのことを言っている。 「デスカラ、そのムスメにトリツイテやります。アザはそのシルシ。コウエイに思いなさい」  言うと、透明な「おろち様」の姿は消えた。あたりは水浸し。 「杏奈さん。ああ、なんてこと。やはり、お勤めをサボったのですね。わたしの生きている間に、まさか、こんなことがあるなんて。亡くなったわたしの娘、あなたのお母様にも申し訳ないです」  おばあさまがはっきりと青ざめて、わたしのアザを見て、そんなことを言った。今にも卒倒してしまいそう。  でも、卒倒したいのはわたしだよ。  韓流アイドルの動画、ちょっと見てて、ちょっと「水やり」サボっただけで、こんなアザ。今、六月だよ。制服だって夏服だし、アザを隠すなんてできないよ!  その日から、わたしの「第二の人生」は始まったんだ。    
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加