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戦いの終わり
「死なないで! 優希くん!」
ギリギリと彼の体を締めつけるタコの透明な足。わたしはその足に体当たりした。
タコのギョロリとした目がわたしに向く。
他の足がわたしに向かってくる。
「巻きつくがいい!」
強く、タコにそう言った。
どういうわけか、わたしの手前に見えない壁でもあるようだった。タコは足をバシンと何かにぶつけたかのように痛がっていた。
優希くんがいつのまにか、タコの足から逃れたらしい。わたしの手をとって、走り出す。
「一旦、冷静になれ。杏奈。お前、なにかできない?」
優希くんは青みがかった目をぎらつかせて、わたしに聞いた。制服があちこち、血と泥にまみれてる。彼は隠してたけれど、そうだよね。タコとの孤独な戦いがどれほど激しかったのか。
胸が締めつけられる。
「わたし、わたしは優希くんみたいには、何か超能力を使えるわけじゃないよ」
震える声で、次の言葉を言う。
「でも、この戦いが終わったら、優希くんの望むこと、なんでもする。キスでもそれ以上でも。もしかしたら全部でも、あげるよ。それしか約束できない。そんなで、力になれる?」
「じゃあ、全部、その時はもらうから。よろしくな。いや。ほんと元気出たわ。サンキュー」
優希くんは幸せそうに笑うと、手にまた雷の剣を生み出した。ギラリと光るその剣に、更に雷をチャージして。
次の一撃を決めないと。
わたしたちには、もう後がない。
大ダコに心臓があるとしたらその辺りか、というところまで、優希くんは捨て身の跳躍をする。そして、深々と大ダコの内部に剣を突き刺した。
大ダコは青い水を吐き出し、その体がサラサラの水となって溶けていく。
大雨に、全て、押し流されていく。
「たこ焼きでも、食いたいよな」
優希くんがつぶやき、剣を手から消した。
終わったの?
あれだけ激しかった雨が急に止み始めた。
優希くんはわたしに近づくと、不敵に笑い、こんなことを言う。
「で、何だっけ? さっきのもう一回言ってみてよ。キスでも全部でも、くれるんだっけ?」
「優希くん、バカだよ。あんなの、その場しのぎの口約束だよ。本気にしちゃうなんて、バカだ」
じわりと涙が出てしまう。わたしは自分から、優希くんに抱きついた。わたしの制服のブラウスも、ところどころ、血がついて汚れてた。雨にもぐっしょり濡れてる。
そんなことは構わずに、キスをする。
おそらく、優希くんにとって、わたしとのキスはエナジードリンクというより、むしろ「食事」みたいなものだったんだね。
わたしに他の人より濃い霊力があったから、霊力を消費しがちな彼は、わたしとキスをしたがった。
でも、それだけじゃないよね。
今は。
わたしたちはもう。
「校庭の真ん中で、見せつけてますわねー」
「おろち様」のひんやりした声がして、わたしは咄嗟に優希くんから、体を離す。優希くんも、下を向いて恥ずかしそうにしていた。
「こちらは、さびれた廃工場あたりで、タコを百匹はほふりましたのよ。放課後はたこ焼きでも食べたいですわね。わたくし、食べたことがいまだになくて」
「『おろち様』、それはいけないな。ぜひ、人間どもの食べるたこ焼きをご賞味あれ」
優希くんが軽やかな口調で言う。「おろち様」は少し顔を赤くして、
「その呼び方は恥ずかしいですわ。制服の時は『真由香姉さん』ですわよ。そう呼びなさいませ」
と言ってもじもじしていた。
なんだかんだと、イケメンに弱いものね。「おろち様」。
教室に帰ると、浅岡さんが真っ先に出迎えてくれた。
「あなたたち二人、ひどいドロドロだし、怪我もしてるんじゃない? うち、学校から近いから、シャワーでも浴びて着替えて帰りなよ。特に杏奈ちゃんは!」
杏奈ちゃん、と言われて涙が出たのは、傷が痛いからじゃない。
クラスのみんなは、どこまで見てたのかな?
大ダコとの戦いを、目にしてたのかな?
莉子ちゃんがわたしを見て、涙を流して駆け寄ってくれた。痛かったよね、怖かったよね、と泣いてた。
浅岡さんは宣言どおり、わたしと優希くんに、順番に、家のシャワーを使わせてくれた。
わたしは浅岡さんが去年着ていたピンクのTシャツとスキニーパンツ、優希くんは、浅岡さんのお兄さんが寝巻きに着てるというドクロ柄のTシャツとだふだぶのパンツという服装で、少しの間、散歩をした。
買い食いなんて、生まれて初めて。
たこ焼きも食べた。「おろち様」がいないなあ、と思ったけれど、わたしの右腕に戻ってたので、ちゃんと彼女の分までご賞味しよう。
チェーンの唐揚げ専門店にも優希くんと入る。
大きな唐揚げは、勝利の味がした。
これからも、こういう戦い、あるのかな。
もし、そうだとしても、わたしたちは負けないよ。
わたしは右腕のアザをそっとさする。今は愛おしくてたまらない、わたしのアザを。
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