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忘れない
「こら、凌平!起きなさい!」
朝の母ちゃんの声は雷よりも怖かった。
「忘れ物ないの?ちゃんとランドセルの中みなさいよ?」
「わかってるよ。」
おっかない母ちゃんの前では俺もあっという間におとなしくなる。その反動か、家の外ではヤンチャで有名だった。
そして俺の手の甲には油性ペンのあと。
右手には算数ドリル、うわばき。
左手には星のマーク…。
*
「明日は絶対持ってきなさい!」
四年一組、我らが担任の田中先生の叱る声。
「へいへい。」
「へいじゃない、返事はハイです。」
怒られて席に戻ると目があった隣の奴に声をかけた。
「なあ、ここに書いてくれよ。」
そばにいたそいつにペンで書いてもらった。
算数ドリル、うわばき
そいつとはクラス替えをして初めて一緒になった。
いつも一人でいるおとなしい奴。
左手で書くの、無理だし。手のひらだと消えるから右手の手の甲に書いてもらった。だって左手には母ちゃんが書いた星マークがあるから。
「いいの?手の甲に書いちゃって。」
「いいんだ。消えたら困るから。」
その時初めてルイと話した。ルイは白くて細い綺麗な指先で油性ペンを握ると、俺の手のひらを優しく左手で支えながら手の甲に書いてくれた。
ペン先が俺の肌の上をなぞるのがなんとも擽ったかった。
すぐそこにあるルイの横顔が今日も綺麗だった。
おとなしいけど頭がよくて優しくていい奴だ。
その時から俺たちは親友になった。そして俺の永遠の最大のライバル。俺とは勉強もいつも一位を競ってた。
俺はこいつに負けたくなくて、それだけのために勉強を頑張れた。お陰でこんな俺も中学の時、学年トップクラスになった。
「そっちの星マークは何?いつもあるけど。」
「あ?これ?内緒。」
「なんだよ、内緒って。」
「まあ、忘れないためのおまじないみたいなもんだ。」
「ふーん。」
*
こうして手の甲の星マークを見るたびに今でもあの頃の事を思い出す。
あんなにうるさかったおっかない母ちゃんはもう、この世にいない。
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