一、暗殺者と標的

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一、暗殺者と標的

 世界で三本の指に入る、大国、(ヨウ)。  皇帝陛下の住処である、壮大かつ煌びやかな宮廷。  秋風がそよぐある日、その敷地内に、一つの影が落ちた。  艶やかな黒髪を高い位置で束ね、身体にピタッと添う、真っ黒な衣を着ている。  目から下は黒い布で覆われていて、顔の全貌は見て取れない。  汗が滲むことも、吐息が白く漏れることもない。加えて今夜は、雲が多い穏やかな空だ。  最高の天気と気候を味方につけ、黒い影は天を舞う。  広大な宮廷を取り囲む、水に満ちた堀を飛び越えたのだ。  門番の目を掻い潜り、高い塀を乗り越え、宮中に降り立つ。  ――完璧だわ、凛玲(リンレイ)……さすがよ。  塀に背中を張りつけながら、翠玉(スイギョク)は不敵に微笑む。  その脳内に浮かぶのは、凛玲から得た宮中の見取り図。正しくは凛玲の文字から構築した、想像の地図だ。  それは宮中のどこになにがあるか、そして、見張りの数や位置まで、完璧に把握できるほどだった。  広大な敷地内、石畳みの道を挟んで、背の低い屋敷が建ち並んでいる。形は似たり寄ったりで、色は様々なようだ。  闇に滲む灯籠が、夜の後宮を妖しく照らしていた。  ――さて、あちらね。  翠玉は死角から目を凝らし、目的地までの道筋を立てる。  まるで複雑な迷路を突破するよう、その決勝線がくっきりと浮かんだ時、翠玉は一気に動き出した。  屋敷の屋根に飛び乗り、死角を縫って移動する。時に植え込みの隙間や、壁と壁の間など、普通の人間は絶対に入れないであろう場所を、道として通過してゆく。  やがて、木から木へと飛び移り進むと、目的地が見え始めた。  後宮の正門から見て、西側の奥にある屋敷。  今日は十中八九、この場所に来ると見た。  現皇帝の好色ぶりは、下々の者にまで伝わるほど有名だ。  特別視する皇妃はおらず、皆のところを平等に回るのが習慣になっている。と、凛玲の手紙にあった。  そのため、どういった順序で回っているのかさえわかれば、この日にちには、誰のところに行くのか。それを想像することは、さほど困難ではなかった。

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