Prologue.時渡りの歌姫の最後の唄

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Prologue.時渡りの歌姫の最後の唄

 朽ちかけた天井から月の光が暗い神殿内を照らしている。蔦が覆い苔むしている祭壇の上、深淵へと旅立った星影の歌姫がいたその場所に一人の老女が佇んでいた。  気高く薔薇のように美しい老女は祭壇に触れて涙を零す。 「ごめんなさい、ユエ」  老女は「我らの我儘を押し付けてごめんなさい」と、誰もいない祭壇に向かって呟く。想うように優しく、けれど後悔のないように吐かれた言葉は空気に溶け込む。  悲しみを含む瞳を細めて暫く老女は祭壇に触れていたけれど、覚悟を決めたようにそっと離した。  老女は空を見上げると唄を紡ぎ始めた。透き通るその歌声が神殿内を包み込こんでいく。想いの全てを籠めて、希望を乗せて最後の力を使い、その命をかけて。  これは老女の最後の唄だ。己の命を使って紡がれる時渡りの歌姫の力、深淵へ旅立った星影の歌姫を守るための。  彼の娘は無茶をするのを知っていた、きっとその命を散らせる覚悟で。  それはいけない、そう簡単に死んではいけない。やっと想いが通じ合ったというのに別れがやってくるのはいけない。そうならないように一度だけの守りの唄を紡ぐ。  老女の身体が淡く光り、花が散るように足先から消えていく。その命と引き換えに紡がれた覚悟の唄が星影の歌姫へと届いた。  消えていく最中、老女は微笑んでいた。悲しみなど寂しさなど感じさせないように。  また会える、それは最初で最後になるだろうけれど、それでもその時がきたら抱きしめてあげようと心に決めて。 「ユエ、愛してるよ」  そう囁いて老女は消えていった。  
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