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第一章:星影の歌姫は愛知らぬ邪神(かみ)と出逢う
「お前は愛するために生まれたんだよ」
月がぼんやりと照らす仄暗い神殿の祭壇前で年老けた、けれど薔薇のように美しい老女が告げる。
蔦が覆いつくし、しんと静まる古びた神殿内にその声は響く。苔むした祭壇の上に立たされている少女は彼女の言葉に首を傾げた。
「ワルドばばさま。私は誰を愛すればいいの?」
「それはね、ユエ。お前を迎えに来た存在だ」
ワルドは安心させるように祭壇の上に立つユエの長く艶のある黒髪を梳いた。
「長い時を経て、お前を迎えに来た存在を愛するの」
それはきっと長い時になるだろうけれどと、ワルドは「それがお前の生まれた意味だよ」と囁いた。
「お前はこれから常夜の世界でただ一人、生き続ける。不老の身体でその若い姿でずっと。けれど、必ずお前を迎えに来る存在はいるわ」
ワルドはユエを抱きしめながら言い聞かせた。貴女は愛するために生まれたのだと。
「ワルドばばさまは? ワルドばばさまはどうするの?」
涙に潤む青く透き通った瞳を向けて問うユエにワルドは笑みをみせて、「お前を遠い場所で見守っているよ」と答えた。
祭壇の上には暗い暗い穴が渦を巻く、残された時間は少ない。ワルドは目を細めて優しく微笑んだ。
それが別れを告げるものだとユエは察すると、彼女の肩に縋りながら首を左右に何度も振った。
「嫌だ、嫌だよ。ワルドばばさまっ」
「ユエ。お前はガナーの最後の歌姫。わたしが教えた唄を、お前が生み出した唄を迎えに来た存在に紡ぎなさい」
例え、どんな存在であってもその心をもって守りなさい、祈りなさい。ワルドはユエの頭を撫でた。
「お前なら大丈夫さ、ユエ」
ワルドはそう囁いて――ユエを渦を巻く穴へと落とした。
ワルドは最後まで笑顔だった、目に涙を溜めながらも流すことなく。
ユエは光の無い穴へと落ちていく。それは一度、入れば自力で出ることは許されない常夜の淵だ。出るには試練に打ち勝った存在の迎えが必要だとユエは聞かされていた。
そんな常夜の淵へと落ち行く中、ユエは涙を零した。この涙は恐怖からではない、もう二度とワルドにも同じ民たちにも会えないことへの悲しみだ。
ユエは祈るように手を合わせて瞼を閉じる。どうか、どうか、苦しまずに彼らが天へと昇れますようにと祈りを捧げながら。
(私、愛するわ)
想い続けよう、名も知らぬ、顔知らぬ存在を。いつか迎えに来た存在を生涯、命をもって。
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