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暗い暗い空間に光はなく、前も後ろも分からない自分の姿すら視認することはできない常夜の世界。
音も無い、何も無い、どれほどの時が経ったのかも分からない。寒さも暑さも感じない場所にユエは横たわっていた。
ただ、ただ、何も無い時間が流れていく。もうどれほどの年月が経ったのかユエには分からなかったけれど、数える気が失せるほどには月日が流れただろうことは実感していた。
今日もまた、迎えを待つ。いつ来るか定かではないというのに迎えが来ると、ワルドの言葉を信じながらユエは瞼を閉じて祈るように手を握った。
かつり、かつりと、聞き慣れない音がして、ユエは瞼を上げながら真っ暗な真っ暗な世界へ目を向けた。
目線の先に小さな光が遠くに見える。それがゆっくりと近寄ってくるのが分かった。
ユエは身体を起こしてその光を見つめた。此処に落ちてから光など見たことがなかった驚きと、迎えがきたのかもしれないという淡い期待に胸を鳴らしながら。
その光は最後に見た月を思わせる輝きで、だんだんと人型へと変わり、姿を現す。
男だ、男が面倒くさげに見下ろしていた。月のように白く短い髪が頬を撫でる。浅褐色の肌には暗闇と同じ肩を出した黒い衣を纏い、輝くように白く長い衣を腰に巻いていた。
そんな出で立ちの人離れしたように端麗な顔立ちの青年が立っている。
「やっと、見つけた」
紅い瞳を細めて青年は「やっと見つけたぞ」と疲れた顔を見せた。どれだけ歩いたと思っているのだと愚痴りながら。
「お前が最後の歌姫で間違いないか?」
「私の家族はもういないの?」
青年にユエは問い返すと彼は「お前の一族は皆、死んだ」と答えた。その返しにユエは「あぁ、そうなのか」と、分かっていたことではあったけれど事実を知って悲しくなった。
ワルドばばさまも、可愛がってくれた民たちも、父も、母もいないのだと理解してユエは「私で最後」と頷いた。
「アナタが私を迎えに来たの?」
青年はユエの問いに笑った、お前を迎えに来たのかと。
「しかし、そうだな。此処まで迎えに来たのはオレだ」
その答えにユエはやっとかと思った。ワルドの言っていた存在は彼なのかと。
「迎えに来てやったんだ。ついてくるだろう?」
「アナタの名前は? 私はユエ」
青年はユエの問いに眉を寄せるも頭を掻いて答えた。
「カマルだ。お前はこっちの問いに答えろ」
「ごめんなさい。私はアナタと共に行くわ」
ユエの返事にカマルは「最初っからそう言え」と呟いて彼女を横抱きに抱えると、背から金の翼を生やして羽ばたかせる。
空を飛ぶように金の翼を広げて羽ばたいたので、ユエは怖さからカマルに抱き着く。ふわりと浮かんだかとおもうと、ぐんっと駆け抜けていく勢いにユエは思わず目を瞑ってしまった。
少しばかりの恐怖に暫く耐えていれば、明るさを感じてユエが瞼を上げる。それは太陽のような温かさのある光に飛び込む瞬間だった。
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