第三章:星影の愛

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 神殿のある彼の島へと向かう道すがら父が殺された。父の亡骸を抱えることも、埋葬することもできなかったけれど彼もまた言っていた。 「我が娘よ、お前の幸せを願っている」  次に母が死んだ、正確に言うのならば死んだと思うだ。追ってから逃げる時に彼女は矢を受けてしまった。倒れたところを引き上げようとした民たちに向かって叫んだ。 「私はいい! あの子を、どうかあの子をお願い!」  それが最後の言葉で別れすらできなかった。  民の数も減り、数える程度になってしまったけれどそれでも逃げ続けた。逃げてたどり着いた先、広い広い真っ青な海が出迎えてくれた。  民たちが最後の資金で小舟を一つ買い取ってそれにユエとワルドが乗り込む。残りの民とは此処でお別れだ。皆が皆、ユエを抱きしめて笑顔で見送ってくれた。どうか、生きてほしいと願って。  ワルドが唄を紡いで小舟を島まで動かしているその間、ユエはただ海を眺めていた。今まで別れていったみんなのことを想いながら。  島に降り立った時、ワルドは手を繋いで「大丈夫よ」と頭を撫でてくれた。何が大丈夫なのだろうか。もうすぐ別れが待っているというのにと、ユエの心はぐちゃぐちゃになっていた。たくさんの愛と別れを受け取ってしまったからだ。 「ユエ。お前を迎えに来てくれる存在がきっと現れるわ」  ワルドは言う、「お前を迎えに来る存在が必ず現れる。お前が一人になることはもうない。そう、少し、少しの間だけ寂しいだけだ」と。  ユエが「それはみんな?」と問えば、ワルドは首を左右に振った。 「みんなはね、遠い場所でお前を見守っているんだよ」  傍にいなくとも、ずっとずっとお前を見守っているとワルドは笑みをみせる。 「だからね、悲しむことはないんだよ」 「でも、みんなを私は見送くることができないのでしょう?」  ユエは「そんなの嫌だよ、見送れないのは」と駄々っ子のようにワルドにしがみつく。彼女の今はもう薄汚れた空色のドレスに皺を作った。 「ごめんなさい、ユエ」  ごめんなさい。みんなの我儘を、自分勝手な願いを押し付けてとワルドは何度も謝る。 「みんなね、お前を想っている。わたしもだよ。お前はみんなの希望なんだ」  お前にだけは生き残ってほしい、生き残った先で愛を分け与えてほしい。  愛と守りを司る星の瞬きのような希望――星影の歌姫よ。愛を知って、別れを受け入れた()よ。その想いを糧に生きなさい。  ワルドは言い聞かせように何度も口にするそれは神殿に入るまで続いた。そして――ユエを常夜の淵へと落とした。
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