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すっと視界が正常に戻る。闇しか映していなかった星影のように瞬く真っ青な瞳が景色を捉えた。それはあの夜に見た神殿の変わり果てた姿だった。
古びた外壁は見る影もなくぼろぼろで、蔦はさらに這いまわり、草木が茂って天井はもう崩れ落ちていた。そのあまりの変わり果てた様子にユエは目を瞬かせる。
カマルはそんなユエなど気にも留めることなく、彼女を抱えたまま歩いていってしまう。
神殿の門を潜れば、太陽の日を浴びながら数えきれない兵士と目を惹く青年が立っていた。
白と青を基調とした立派な服を着た、深緑の短い髪がよく似合う青年はカマルの姿を見て膝をつく。
「カマル様、ご無事で」
「お前の願いは叶えてやったぞ」
カマルはそう言ってユエを下ろした。何が起こっているのかわからず、ユエはただ二人を交互に見る。
青年は一礼して彼女の前に立つと金の瞳を向けた。
「星影の歌姫。俺はラビーウ国の王子、アーシファだ。貴女を妻に迎えるために来た」
アーシファは「どうか、その歌を我が国のために使ってほしい」と言って手を握り――振り払われた。
それには彼だけでなく周囲にいた兵も、カマルも驚いた。手を振り払ったユエは眉を下げて首を左右に振る、それはできないと言うように。
「私は迎えに来た存在しか愛せない」
「ですから、俺が......」
「私の前に現れたのはカマル。私をあの暗き底から迎えに来たのはカマルだった。だから、私が愛するのは彼だけ」
ユエの言葉にカマルは何を言っているのだと言いたげな表情を向けた。それはアーシファも、傍にいた兵士たちも同じだった。
何を言っているのだといったふうに見つめる視線にユエはもう一度、「アナタじゃない」と告げる。
アーシファは「迎えを寄越したのは俺だ」と主張する、俺が契約したからだと。ユエはそれでも「迎えに来たのはカマルだ」とはっきりと告げる。
「私の手を取って迎えに来た存在だけ。アナタじゃない」
それを聞いてカマルは笑った、あの時に確認したのはそういう意味があったのかと納得したのように。
アーシファは「どうにかならないのか」と問うが、「無理だ」と彼は返した。
神殿の封印を解く鍵に彼女の言う迎えにきた存在というのがある。彼女はさらに縛りとして愛すると心に決めていた、それは契約と同じだ。
歌姫には唄う為の制約がある。それは個々によって違うが、ユエの場合は愛するモノのために使うことが条件だ。
「邪神などに頼って己自身で試練に挑まなかった貴様が悪い」
そう言ってカマルはまた笑った。
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