第一章:星影の歌姫は愛知らぬ邪神(かみ)と出逢う

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「オレは愛など知らぬよ」  カマルは「天界より堕ちた愚かな邪神は愛など知らない」と聴かせるでもなく言う。それでユエは彼の正体を知った。彼は神の僅かな力を持った哀れな者なのだと。  聞いたことがあった。天界から堕ちた神は殆どの力を奪われて邪神となる。僅かな神力しか持たない、人間と契約して力の糧を得る哀れな存在が邪神だ。  制約はあれど対価を支払えばそれを糧に力を振るえる邪神に、人間は自身の欲望のために願うのだという。  記憶にある邪神の知識を思い出しながらユエはカマルを見つめた。彼はその視線に「さて、どうするかな」と笑みを浮かべる。 「アーシファ。お前との契約は終わっている。お前に支払える対価はそれほど残されてはいないぞ」  カマルの「でも、お前は国を守りたいのだろう?」という問いにアーシファは頷いた。歌姫の力も欲するほどに、今のラビーウは危機的状況のようだ。 「シターア国は待ってくれないだろうからな。お前の島国など」  カマルは「ラビーウ国からそれほど離れてはいない小さな島とはいえ、お前自ら来たというのに歌姫の力すら手に入らないとはな」と憐れむ。 「ただ、そうだ。〝今は〟まだ歌姫はお前の物だな?」  契約では歌姫の封印を解いて連れ帰ってくることだった。それは達成されているので今ならば、まだ歌姫はアーシファの物だと前置きしてからカマルは「どうする?」と問う。  邪神(かみ)はただ、笑みを見せるだけだった。アーシファは言葉の意味を理解する。もうこれしか残されていないのだ。 「俺の国を守ってください、カマル様。対価に歌姫を差し出します」  アーシファは頭を下げた。その言葉にカマルは笑った、それでいいと。 「歌姫とそうだな、住処を寄越せ。食事もだ。歌姫がオレのために歌を捧げ続けるかぎりはラビーウを守ってやろう」  カマルは「だが、死ねばそれも終わる」と低く言った。 「オレだって死ぬかもしれない。シターアがお前と同じように邪神と契約しているかもしれないからな」  天界から堕ちた哀れな邪神(かみ)は数える程度に散らばっている。その一片を見つけることができれば、対価を支払える人間なら契約はできるのだ。  カマルの話にアーシファは「それでも構わない」と返した。 「どんなことであろうとも、抗わねばならない。国を任されたのだから」  アーシファの苦しげに零した言葉にユエはなんとなくではあるが、二つの国が争っているのだということを理解する。  カマルは小さな島国同士が争うなどと可笑しそうにしていたが、ユエのほうを見て考えるように顎に手をやった。 「お前はオレのものになったわけだが、望みはあるか?」  カマルに「多重契約はできないが、契約しない程度にできることがあればやってやろう」と言われてユエは彼の手を取った。 「アナタにずっと傍にいてほしい。私が望むのはそれだけよ」  カマルはユエの望みに「こんな邪神と永久にいたいというのか」と目を丸くさせていた。驚く彼の様子にユエは「居たい」と優しく返す。  カマルは笑っていた、なんと欲のない人間なのだろうかと。けれど、「不老となったお前は最早、人ではないか」とカマルは一人納得して頷く。 「お前はオレのものなのだから手放すことはない。愛は知らぬがオレのために唄え、ユエ」  そう言ってカマルはユエの手を握り返して歩き出した。もうこの場所に用はないというように。  手を引かれながらユエはワルドの言っていた言葉を思い出していた。 (大丈夫。ワルドばばさま、どうか遠くから見守っていて)  空を見上げながらユエは今は亡き彼女へ祈りを捧げた。
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