1人が本棚に入れています
本棚に追加
「待って。この入れ墨がある死体をほかにも何体か扱ったけど、それもある?」
「わかんない。いっぱいあるからどれの事かわかんない」
肩を竦める白蓮に、灰は口を大きくあけて笑った。
「お互い心当たりしかなくてワロタ」
「ふふふふふ」
「わはははは」
二人の朗らかな笑い後が通りにこだまする。
連れていかれる運転手の顔は涙と汗でぐずぐずになっていた。真っ直ぐ歩けないほど覚束ない足取りだが、灰は構わず軽々と引きまわしている。
「丁度良かった。若い男の新鮮な死体が欲しいってお客がいるんだよね~」
灰と白蓮に挟まれて、男は店の奥へと連れて行かれた。
***
騒ぎを遠巻きにながめていた住人たちが、ざわざわと言葉を交わしだす。
「喧嘩か?」
「あの店にかちこむなんざ、肝の据わったただの馬鹿か」
「あんた知らんのか。この街の最大組織のボスが昔から贔屓にしてる店なんだよ」
「店主と一緒にいた細身の男がボスの息子だ」
ざわめきはやがて、くすくすとした笑い声に変わっていく。
「怖いもの知らずだね~」
「今回のも随分と賑やかだった」
「今度、話を聞かせてもらおうや。きっといい酒の肴になるだろうよ」
止まっていた流れが動き出す。
緊迫感はすでにどこにもない。通りに散乱するガラス片や、血まみれの死体がもたれ掛かる高級車も、誰も気にも留めない。存在を認めていながら、顔をしかめたり、悲鳴をあげることもない。
ごく普通に起こりえる、日常の一部に過ぎなかった。
いつも通りの喧騒や笑い声が旭街の狭い空に響いていく。
了.
最初のコメントを投稿しよう!