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運転席で待機していた若い男が、バンドルを握りしめたまま呆然としている。
灰は、車体に貼りついた死体から鉈を引き抜き、車の助手席に乗り込んだ。
「おにいさん、いま暇?」
陽気な笑顔でたずねる。
運転手はぎこちない動きで顔を向けてきた。目を見開いて顔中に汗をかいている。
灰は血まみれの鉈の刃をダッシュボードに突き立てた。運転手の身体が跳ね上がる。
「暇だよね? お友達はみんな死んじゃったし、もうやることないもんね?」
快活な笑顔と声の圧。
運転手へ向ける笑顔の瞳の奥には、じっとりとまとわりつくような冷たさがあった。
「うちの店でお話しよっか。ちょっと散らかってるけど」
運転席の外に白蓮がやって来た。開いた窓から腕を入れてエンジンキーを取り上げる。流れるような動作に、運転手が振り返ったときにはもう鍵は白蓮の手のなかにあった。
「逃げられるときにさっさと逃げなきゃ。そんなに皆と帰りたかった?」
白蓮を見上げる男の顔色が真っ白になっていく。自身の絶望を理解した瞬間だった。
愕然としている運転手のえりを、にっこりと笑顔を貼りつかせた灰が乱暴に掴む。
「来いよ」
低い声でそう言い、車から引きずり下ろしていく。
「こいつにも蝙蝠組の入れ墨がある。店内の死体にもあった」
「それって先月あたりに抗争に負けて潰されたトコだろ。残党がうちに何の用だ?」
灰は首を傾げた。
少しのあいだ黙り込んだあとで、
「あー。ていうか俺、そこの若頭の死体がほしいって言われて殺して売ったわ」
白蓮も大きく頷いた。
「じつは私も頭の隠れ場所の情報を敵対組織に売ってるんだよなぁ」
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