旭街は沙汰の外ー混沌とした街で店主は凶器を手に笑う

9/10
前へ
/10ページ
次へ
運転席で待機していた若い男が、バンドルを握りしめたまま呆然としている。 灰は、車体に貼りついた死体から鉈を引き抜き、車の助手席に乗り込んだ。 「おにいさん、いま暇?」 陽気な笑顔でたずねる。 運転手はぎこちない動きで顔を向けてきた。目を見開いて顔中に汗をかいている。 灰は血まみれの鉈の刃をダッシュボードに突き立てた。運転手の身体が跳ね上がる。 「暇だよね? お友達はみんな死んじゃったし、もうやることないもんね?」 快活な笑顔と声の圧。 運転手へ向ける笑顔の瞳の奥には、じっとりとまとわりつくような冷たさがあった。 「うちの店でお話しよっか。ちょっと散らかってるけど」 運転席の外に白蓮がやって来た。開いた窓から腕を入れてエンジンキーを取り上げる。流れるような動作に、運転手が振り返ったときにはもう鍵は白蓮の手のなかにあった。 「逃げられるときにさっさと逃げなきゃ。そんなに皆と帰りたかった?」 白蓮を見上げる男の顔色が真っ白になっていく。自身の絶望を理解した瞬間だった。 愕然としている運転手のえりを、にっこりと笑顔を貼りつかせた灰が乱暴に掴む。 「来いよ」 低い声でそう言い、車から引きずり下ろしていく。 「こいつにも蝙蝠組(こうもりぐみ)の入れ墨がある。店内の死体にもあった」 「それって先月あたりに抗争に負けて潰されたトコだろ。残党がうちに何の用だ?」 灰は首を傾げた。 少しのあいだ黙り込んだあとで、 「あー。ていうか俺、そこの若頭の死体がほしいって言われて殺して売ったわ」 白蓮も大きく頷いた。 「じつは私も(かしら)の隠れ場所の情報を敵対組織に売ってるんだよなぁ」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加