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もう少しだ。
もう少しの辛抱で、お義母さんは死んでいなくなる。
「咲子さん、お尻が気持ち悪いわ。早くオムツ変えてちょうだい! グズグズしないでよ!」
「、、はい、、お義母さん、すみません、、」
私は、今年、九十歳になる寝たきりの義母の世話をもう三十年もしている。
病気になって歩けなくなった最初の頃の義母は、よく「死にたい、死にたい」と泣いていた。
私はその度に、背中をさすって慰めた。
「お義母さん、お義母さんのお世話は、私がずっとしますから、、」
そして、その通りになった。
義母の息子である夫は、私が義母の介護をし始めてすぐに急な病でこの世を去った。
正直、お義母さんの方が先に逝くべきだろう、と思った。
だが、もうすぐ終わる。
義母はもう、1ヶ月の命だと言われているのだ。
もうすぐ死ぬ。
もうすぐ死ぬ。
もうすぐ死ぬ。
私は、そう、心の中で唱えながら、笑顔を浮かべて怒鳴っている義母のオムツを変える。
オムツの替えが切れたので、買いに出かける。
アパートの隣の住人が、昼間から缶ビールの束が入ったビニール袋を下げて部屋に入るのとぶつかった。
隣の住人の男は、部屋の中へ消えた。
もうすぐ死ぬ、、。
もうすぐ死ぬ。
俺はもうすぐ死ぬだろう。
一般的には、睡眠薬では死ねないことになっているが、違法の薬物を扱うネットで、致死率が高い睡眠薬を大量に買った。
それを、さっきビールで胃の中に流し込んだ。
吐き気がしたが、吐いては意味がない。
俺は、もうすぐ死ぬ。
このひどい世の中とおさらばだ。
生まれてきていいことなんかひとつもなかった。
生まれなければ良かった、、。
アパートの隣の部屋から、何か声がする。
啜り泣く少女の声だ。
幻聴なのかもしれない。
でも、それも、もうどうでもいい。
もうすぐ死ぬ。
もうすぐ死ぬ。
もうすぐ死ぬ。
ジャックがもうすぐ死んでしまう、、。
神様!
お願いです。
ジャックを死なせないでください。
ジャックはあたしの唯一の友達なんです。
学校にも近所にも友達はいません。
愛犬のジャックだけが、あたしの友達なんです。
ジャックはもう、おじいさんです。
でも、あたしにはそんなことは関係ない。
この世でたった一人の愛する存在です。
神様、、。
神様、、。
これから、あたしは何も望みません。
だから、ジャックを死なせないでください。
あたしは、ずっと啜り泣き続けた。
でも、分かってる。
神様なんていない。
ジャックは、もうすぐ死ぬ。
それは、神様だろうが、何だろうが、止められない。
この世のルール。
みんな、もうすぐ死んでしまうんだ。
生きているものは、どんなものも、必ず死ぬのだ。
それだけがこの世ではっきり分かる、ただ一つのことだ。
end
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