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そのとき、私はイベント会場に来ていた。私のサークルは今日ではなく明日だけれど、たまたま別ジャンルで一緒になったサークルさんが、「売り子の子が緊急入院して誰かいませんか!?」と探し回っていたのを見かねて声をかけた。
私の普段いないジャンルは乙女ゲームで、ずいぶんといい匂いがした。
「乙女ゲームはやったことないんですけど……かなり人が多いんですねえ?」
「いますよぉ。たしかに無茶苦茶有名ってのは、アニメ化ジャンルとか、老舗ゲーム会社のメーカーの物に限られますけど、毎月乙女ゲームは発売されてますし、手堅く売れてますから」
「なるほど……」
私が普段住んでいるのは少年マンガジャンルで、乙女ゲームは未だにプレイしたことがない。少年マンガの中には乙女ゲーム化した作品もあるらしいんだけれど、私はそれに触れたことがなかった。
とりあえず売り子の打ち合わせをして、イベントの開始を待つ。少年マンガジャンルは大手壁サークルが一件でも来ていたらサークル以外が買い物できない時間帯でも混み合っているけれど、ここのジャンルは全体的に和やかだ。
でも。その中でもところどころ空いているサークルは目に入る。
「乙女ゲーム界隈って、皆忙しいんですね。今日は結構人が少ないですけど」
「あー……違います違います」
彼女がこっそりと教えてくれた。
「乙女ゲーム界隈は人が少ないって踏んだ転売屋が、サークルチケット目当てに申し込みしていることがむっちゃあるんですよねえ。正直迷惑してます」
「えー……」
イベントに参加する際、参加人数ごとにチケットが配布され、一般参加者より先にサークル参加者はチケットを使って入ることができる。
少年マンガはアニメ化される作品は旬ジャンルだとされ、転売屋が来たら被害が大きいからと細かくチェックされて逆に侵入しづらいけれど。こうやって別ジャンルで迷惑客が来てるんだと思うと辟易する。
そうこう言っている間にイベントがはじまり、彼女も別ジャンルでできた友達やら読者やらが本を買いに来る。中には「いつも見てます!」と差し入れをくれたりもして、それをありがたくいただいていたら、だんだんお腹も空いてきた。
「ああ、そろそろ休憩に入って。その辺に食べ物ブース来てるから、好きに買いに行っていいよ」
「うん、わかった」
私は財布とスマホを持って、ひと足先に休憩に入り、ついでに買い物も済ませることにした。サークル参加者の売り子とは言えど、私は乙女ゲームに詳しくないから、絵が綺麗だなあとか、どのジャンルが好きとかはなく、それをとりあえず眺めていた。
乙女ゲーム界隈を抜けると、他のゲーム界隈に辿り着く。たしかこの辺りに食べ物ブースも来ていたはずだけど。地図を見ながらどっちだっけかと探していたら。
「すみません、このキャラを。この設定で。このように」
絵が綺麗なブースに男の人がいた。ただその人の様子はどうもおかしかった。
大柄で、やけに大きなリュックサックを持っているものの、なぜか一冊も同人誌を買っていない。紙袋から見えているのは、企業ブースで買ったらしいものばかりだ。そして。
スケッチブックをサークルさんに渡して、絵を描いてもらう。スケブ依頼はデジタル全盛期となった今でも見かける光景だけれど、その人ときたら。やや黄ばんだスケブと一緒に、みみずの伝ったような絵と一緒に、びっしりと文章で書かれた設定文を渡して、その絵を描かせようとしていたのだ。基本的にスケブ依頼は描き手が描いているもので頼むのがマナーであり、自分の考えた最強ヒロインを描かせるのはマナー違反になる。
そこで顔を引きつらせているのは、遠巻きに見ても可愛らしい人だった。サマーセーターに長い髪をハーフアップにまとめている彼女は、下手に逆らったら逆上されるんじゃないかと、言葉が出なくなってしまっている。
周りを見ると、周りのサークルさんたちも怖がって間に入れなくなっている。そりゃそうだ。どう見ても女の人ばかりなところに大柄な男の人が無理な依頼をしてきても、なかなか逆らうことができない。逆上されたくないからだ。
私は黙って踵を返すと、イベントスタッフさんに声をかけた。
「すみません。あちらのサークルさんに、買い物してない参加者が無理難題サークルさんに言ってるみたいなんですけど」
「またですか、あの人」
イベントスタッフさんと一緒に向かうと、大柄の男の人はあからさまに目立つ声で舌打ちをして去って行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ……あの、ありがとうございます」
「はい。困りますよね、買ってない人にサークルに貼り付かれたら、買い物したい人買えませんし」
「は、はい……」
彼女は可哀想なほどに、ガクガク震えていて、声が裏返ってしまっている。
そのとき、私は彼女のサークルの本を見ていて気付いた。私のやったことのないゲームの同人誌に紛れて、彼女の過去ジャンルらしき本も積んであったのだ。そこには。
私が明日参加する予定のジャンルの本が積んであった。
「あの、これってもしかして『ユニフロ』ですか?」
「えっ? は、はい。『ユニフロ』の夢本です」
「一冊ください!」
「ひゃっ!」
こうして、私と冬華は出会ったのだった。
私と冬華は、カプは全く合わないものの、なぜか好きになるジャンルが隣同士になることが多く、たまにアイドルゲームで一緒になることが多かった。
「このキャラは全肯定彼氏なんです! 俺様ドSじゃありません!」
「ドSでしょ! いけいけドンドンマイペースドS!」
「なんで公式読んですぐなんでもBLにするの! 普通に恋愛観語られてる子まですぐBLさせるから!」
「相手が女って言ったか? 言ってねえよなあ!」
「そもそも気にしている子が作中に出てるでしょうが!」
「気にしててもなんともなってねえだろうが!」
「ああ、もう! これだから腐女子は!」
「すぐ彼女面する夢女子だろうが、お前は!」
すぐ喧嘩する割に、酒飲んでまったりと過ごせるのは、多分相性がよかったんだろう。
「でもねえ、私も夢適性は高いですけど、恋をしている男子が見たいのであって、人のオリキャラみたいな夢主人公にはあんまり興味ないんですよお」
「なら普通にBLはまればよくね?」
「私の最推しすぐ受けにされるのにはまれますか」
「むっずかしいなあ……まあ、私も気持ちはわかる。このキャラ、性格がかなり破綻してるけど、別にメンヘラじゃないのよ。なのにメンヘラ解釈が流行ったせいで、その手のカプ描いてる人軒並みミュートかけてる」
「それはそれで大変だよね」
同じ解釈でないと読めない作品が多いから、逆に全く同じカプにはまれない分だけ、話は合ったりする。
ふたりでその日ものんびりとビールを飲んだ。
「ちなみに新刊はもう書いてるの?」
「今回は仕事がちょっと忙しいから、WEB再録で書き下ろしは無理かなあと。秋穂ちゃんは?」
「私も仕事の納期と印刷所の締切が被ってるから、WEB小説でちまちまコピー本出すので精一杯かなと」
「そっかあ。デザイン会社も大変だね」
「そっちも広告代理店だっけ? 大変だねえ」
そうこう言いながら、全く同人関係ない映画も一緒に観に行くようになった。今度はフランスのファンタジー映画を観に行く予定だ。クラウドファンディングで上映が決まったそれは、小さめの映画館でしか見に行けないマニアックさ。
出会いが出会いだし、互いの好きなものにはズブズブはまることもできないけれど、なんとなく居心地はいい。
<了>
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