腐女子彼女と夢女子彼女

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「私、基本的に腐女子嫌いなんだよ」  心底疲れた顔をして冬華は言った。 「ああん?」  思わず声が裏返った。  今は上映会をし、ふたりでアイドルアニメの映画を見ていた。そこそこ優良企業で働いている冬華の家のテレビが大きく、そこで最新技術を駆使した映像美で、二次元アイドルのライブが繰り広げられている。  それをふたりで第三のビールと近所のドラッグストアで買ってきたつまみを並べて見ていたところで、唐突に出た発言だった。  いっつもこれである。 「なんで惚れた男惚れた男、皆受けにされなきゃいけねえんだよ。どうして惚れた男が喘いでいる声を見なきゃいけないんだよ。わかる? SNSで好きなキャラの絵をいいねしまくっていたら、サブリミナル効果のようにBL推される私の気持ち」 「いいじゃねえか。同じ男だろうが」 「違うわっ……惚れた男が他の男に色目を使うところなんか見たくないわ。他のキャラだったらいざ知らず、私が惚れた男、ほぼ100%女好きの女ったらしなんだよ。なんで受けにする。なんで弱々メンタルにする。女ったらしをどうしてメンヘラめんどくせえキャラにすんだよ。訳わかんねえよ」  冬華は好きになるキャラ、好きになるキャラ。たしかにほぼ100%女ったらしだし、しょっちゅう女の影がある。中には明確に惚れた女が登場して、本命には途端にヘタレてまどろっこしい行動を取る。  ……そこが受けメンタルだろうが。私はビーフジャーキーをガブッと囓った。今日買った奴は黒胡椒がよく効いている。また買ってこようと思いながら。 「言わせてもらうけど、BLは基本的に、関係性萌えなんだよ。お前の本命、どれだけの男たぶらかしてんだよ」 「……ああん?」  今度は冬華の声が裏返った。 「天才を唯一天才と見て遠巻きにせずに変人として歩み寄り、浮世離れした天使の世話を焼き、すぐ誰にでも喧嘩を売る後輩を可愛がり……そんなもん、女神だ女神。総受けと見なされてもしょうがないだろうが」 「だから違うっつってんだろうが」 「ああんっ?」 「ああんっ?」  互いに睨みを利かす。  アルコールが回ると、ヤキもすぐに回る。酒を飲んだら悪行動を取る人間は酒で悪行動が表面化するだけだと言われているが、本当にその通りだ。  でも。 【それでは最後の曲となりました】 【それでは聞いてください、『──……』!】  途端に私たちは画面に釘付けになった。  この映像美は映画館じゃないと無理と諦めていたし、そのときは仕事の納期が原因で上映期間中に見ることができなかったけれど、その映像はBDに収める際に相当スタッフが頑張ってくれたのだろう。  音。演出。そして歌。どれもこれもが既に音楽サイトで落としてきて、鼻歌で歌えるくらいまで何度もリピートしたというのに、それでも胸が熱くなって、目尻からボロボロと涙が溢れてくるくらいに素晴らしかった。 「最高、本当に最高……!」 「本当に、これは誰かと一緒に騒ぎながら見たいよね! 映画館で応援上映でもないのに声上げられないし、地元だったら柄もマナーも悪くって怖くて応援上映に行けないから」 「わかるー! 民度が場所によってだんちだしねえ!」  私たちはさっきまで殴り合いになりかねない険悪さから一転し、ふたりでギャーギャーと騒ぎ合っていた。  腐女子……全ての関係性からBLを見出す存在。元々自分らは表立って騒ぐものではなく、目立たず騒がず己の萌えと向き合いたかった私は、最近は別称もあるらしいけれど、それにいまいち乗り切れずにいる。  夢女子……妄想で全てのキャラの恋人から、家族、友達を称する存在。基本的に夢対象は男だけれど、格好よければ女だろうが、無性だろうが、人外だろうがOKという、なかなかに雑食な存在。最近は「○○の母です」というのもあるらしいけれど、冬華はそっち方面にはあまり興味がないらしい。  本来ならば立場が立場だし、SNSなんかではどちらかを攻撃するのがものすごくある。イベントに至ってはそれぞれが喧嘩しないよう、配置に細心の注意をはらって、同じジャンルで腐女子と夢女子が鉢合わないようにするレベル。  そんな私たちがこうしてときどき取っ組み合いながらも友情を育んでいるのには、ちょっとした……こともない訳がある。
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