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梧桐はうわっ、と声を上げ、振り向く。
――そこには、隣の彼と同じ制服に身を包んだ、体格の良い看守がいた。
左目を隠してそのまま流れ、顎のあたりで結ばれた烏の濡羽の髪。
皺の寄った眉間と黒縁のメガネという、全体的な印象から、髪を括るもこもこのシュシュだけが奇妙に浮いていた。
ベンチからずり落ちそうになった梧桐に目もくれず、その男は顔を寄せ、そっくり返って彼を振り仰ぐフェリスをじっと見つめた。
「……近づくんじゃねぇよ。腰巾着」
「おお、ひどい」
彼はオーバーな動きで天を仰ぎ、もう一度フェリスの名を呼んだ。ドラマの俳優か何かだろうか、と思ってしまうくらい、甘やかで気取った声だった。
「どうか、ダリヤ君、と呼んでおくれ。ファーストネームで、遠慮なく。その可愛い、生意気なお口で」
「オエー!」
フェリスが彼――ダリヤに向かって、滝ゲロを吐くジェスチャーをする。
「それやめろって言ってんだろ。どーいう冗談だよ、気持ちわりー。大人しくマリーの横にいろよ、クソ」
「クソとは何だね」
ダリヤが目を丸くした。
「そこまで僕のことが嫌いかい、フィー?」
「うー……」
何故かそこで、フェリスが唸る。
ダリヤはニコニコとして、彼の出方をうかがっているようだった。
「そうだ! 盾!」
唐突にフェリスが叫んだ。
長い尻尾がみょんっ、と伸びて、梧桐の胴に巻き付く。
立ち上がって梧桐の足元に跪き、陰に隠れるような体勢をとった。
「サネキ、頼むよ! アイツを追っ払ってくれ!」
「ええ!?」
話しに来たっぽいのに、そんなことできませんよ、と梧桐が言うと、フェリスは眉をハの字にした。
「アイツはいつもこうなんだよ! 訳分かんねえし気持ち悪い冗談ばっか言って近寄ってくるから、うんざりなんだ! オレがマリーにあげたシュシュも取られた!」
梧桐はダリヤの方を見る。
「そうなんですか? ……あの、他のひとへのプレゼントを取るというのは、ちょっと、その……良くないと思います」
「何を言ってるんだい? フィー」
ダリヤは心外そうに両手を広げた。
「あれは僕への贈り物だろう? 有難く、使わせてもらっているよ」
まとめた長い髪を、ゆっくりとくしけずる。
「僕の黒髪によく似合う、綺麗な橙だ。まるで、僕を照らす灯――そう、まるでキミ自身みたいでね。愛着が湧いて湧いて、ぜんぜん止んでくれやしないや」
うっとりとして言う。
フェリスが、真っ青になり地面に顔を向けた。
「ワリぃ、ガチで吐きそう。もう話したくない。帰ってくれ、ダリヤ」
「じゃあ帰るよ」
「帰るんですね、そこは」
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