善性のメフィスト

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 男の名は梧桐と言った。彼は輪廻転生の刑に処されていた。  ただひたすら、何の華やかさもない短い生を、ひたすら繰り返される刑。いっそ清々しく餓鬼道やら畜生道やらに行くこともできず、もっとカリカチュアされた火炙りやら釜茹でやらの目に遭わされる訳でもない。  ただただ、鬱屈として、つまらない。  それが永劫に続く――それが男に科せられた、罰だった。  また一つ生を全うし終えて、梧桐はホームグラウンド――地獄の内部を歩いていた。流石に連チャンは疲れるだろうということで、三日間の自由時間が与えられたのだ。  血の池の周りを歩きながら、ぼんやりと思索にふける。 (せめて、この休暇だけでも、リフレッシュのために使わないとな)  刑の特性上、また別の生が始まっても、何というのか、全体的な記憶は残る。「前世」とか俗に言われている奴よりも、もっとトータルな感じの奴だ。じゃないと、これが刑として成立しなくなる。  なので、一般的にヒトが一生の中で覚えるのよりもずっと多くの情報が、梧桐の頭の内側にはとぐろを巻いていた。  もちろん、それなりに上等なストレージが彼には別に与えられてはいる。それでもいちおう、彼は元は、ごくふつうのパンピーだった。  定期的に休憩でもしないと、頭が状況に追っつかないし、パンクしそうになるのだった。  看守に見とがめられるのを覚悟で、ばかやろーっ、と叫びたくなる。血の池はブクブクと泡立っていて、声が良く反響しそうだ。やっぱりやめた。  ほとりにベンチがあった。呑気なものだ、と半ば呆れながら、それに腰かける。公園に良く置かれているような、木のうらぶれたベンチだった。 (看守用かな。血の池の刑のひと達を見守りするために、きっと設置されたんだろうな)  ふう、と一つ、息を吐き出した。 (罪人が座っちゃ駄目な奴かもしれない。見つかって何かとやかく言われる前に、早目にどいた方が良いか)  腰を上げかけたところで、どかっ、と、ベンチが大きく揺れた。あまりの衝撃に、もう一回、梧桐は尻もちをつくようにしてベンチに逆戻りする羽目になった。 「!? うわわっ」  隣を見る。若い男が一人、梧桐の隣に足を広げて座っていた。  黒い着崩したスーツに、赤い三角ヅノのプリントされた名前札。  ――看守だ。 「あ、すみませんすみません! すぐ、どきますから――」 「いーよいーよ、そのままで」  男は梧桐の肩に軽く手を置き、去ろうとする彼を制する。骨ごと食用肉をカッ切ってしまえそうな、白い八重歯が口の端に光った。それと共に、何でもなさそうに言葉がこぼれる。 「オレも丁度、ここには退屈してた所だからさ」  一緒に話そうぜ。なあ、兄弟。  人好きのしそうな、しかし極めて悪どい笑みを浮かべて、看守はそう言ったのだった。
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