善性のメフィスト

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 厳格な黒髪の青年――ではなく。  ピンク色の、下の方で緩く結わえた二つ結び。  深い紫の目には、全くと言っていいほど光がないのに、それをかっ開いたまま口元だけニコニコと笑んでいるのが、梧桐にはそこはかとなく、不気味に思われた。  桜色の唇が、ゆっくりと開く。 「あの姿は仮のものだよ。罪人共に舐められること請け合いだから、本来のこの姿は、なるだけ表に出さないようにしている」  にこり、と目を細め、低い声で言った。 「ただまあ。罪人以外にも、ぼくを舐めてる者が約一名、そこに居るようなんだけれどね」  ぴっ、とフェリスを指差す。  梧桐は一瞬、そこから赤い光線が出てきたのを見た気がした。 「フェリス。おいで。君の性根を、このぼくが直々に叩き直してあげるから」  光線が彼の胸をつらぬく。  フェリスが梧桐の頭を、そっと地面に下ろした。  目には光が無い。 「……フェリスさん?」  胸騒ぎを覚えて、梧桐は呼びかけた。  それに対する返事も、――無い。  ゆら、と身体を揺らし、フェリスが向こうへと歩き出した。  よろけた細い体躯が、隣で待機していたダリヤの腕の中にすっぽりと、収まる。 「ぼくには抱えられないから、ダリヤ、持って行って」 「分かりました」  マリーがちら、と時計を見、 「貴方は心配しなくて良いよ、罪人番号七A四五FY六番」 と言った。 「今五時だから、そうだね……六時くらいには、戻ってくる」 「……何をする気なんですか?」 「おや。ぼくを睨んでいるのかい、それ?」  クスクス、と嫌味ったらしく笑う。  そうか、そうか――頭に手を当て、記憶を探るように、目をくるりと上に動かした。 「君の『教祖様』に、確かにこの子は、よく似ているものねぇ」  ダリヤの腕に、丁重に抱かれたフェリスを見やる。  マリーが言った。 「折角だし、教えてあげようか。彼はね――その教祖の成れの果てだよ」  梧桐は数十秒間、脳の機能が止まってしまった錯覚を覚えた。  震える声で、再度、訊き返す。 「今、何て仰いました? 看守長さん」 「バカじゃないの」  マリーは苦々しく言い、唇を軽く歪めた。 「飲み込みがおっそい。そんなんだから、学科試験にも受からないし、――自分で死ぬなんていう最も愚かな選択肢をとって、地獄行きになっちゃったのさ」  紫の瞳が鈍く光る。 「ぼくはね。自死する者が一番、嫌い。ぼくの仕事を、下らない悩みなんかで増やしやがって。先人から学べよ。どいつもこいつも。逆境から這い出ているのはいつも、そこで腐れ果てて朽ちてない奴ばかりだろうが」  当たり前の話だがね、足がないと、脱出はできない。脱走も――マリーはふふふ、と笑い、フェリスに親指を向けた。 「のでまず、この子の脚を折る」 「……」 「貴方、そういう顔ができる人間だったんだね」  目をみはり、マリーが両腕に手を沿わせた。 「久しぶりにぼくちょっと、寒気がきちゃったや。お世辞なんかじゃないよ」  まあ、とりあえず行ってくるよ――。  二人の悪魔が、夕空に翼をはためかせる。 「じゃァね。この子、帰ってきた頃には、心身共にボロ雑巾になってると思うから、まあ、上手く慰めてやってくれ。――想い人にそうしてもらえたら、いつまでもフラフラしてることも無くなるだろうさ」  さらりと言い放ち、勢い良く飛んで行く。  梧桐はしばらくそれを見送り、地面に大の字になって再度、寝転がった。
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