善性のメフィスト

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 身体が温かい、とフェリスは思った。  ダリヤとマリーが追って来ていた所までは覚えている。――そうだ。その、後。  目を開ける。やけに瞼が重い。頭の奥に、不自然な鈍痛があった。――まずい。  使役の術をかけられている。  誰かに抱きかかえられながら、外界の空を滑るように飛んでいた。 (まあ、フツーに考えて、ダリヤだわな)  オエー、と言ってやりたいのを我慢して、奴の顔をこっそりと、見上げる。至って真剣という表情だった。大切な荷物を運んでいる郵便屋さんのような風情である。クソ、まだ頭がぼうっとしやがる。  心の中で悪態を吐く。コイツ飛行の成績だけはトップだったもんな、他はからきしだったけど。マリーが悔しがってたっけ、運動音痴だもんな、などと、代わりにどうでも良い研修時代の記憶が、脳内のコンベアを次々に流れていく。  ダリヤと目が合った。 「あ」  マリーに向けて訊く。「どうします? 目を覚ましたみたいなんですが」 「ああ、そのまま移動を続けてくれ」マリーはこちらを一瞥もせず、前を危なっかしげに飛んでいる。苦手どころかドベだったな、とフェリスは思った。ダリヤの奴も、忖度いつもご苦労様だろう。 「追う気はないようだがね、あの人間」  鼻で笑う声が、前から風に乗って流れてくる。 「まあ、我々と同様に飛んで来いなんて、バカげた事こそ言わないが、――随分と薄情だね、君の信者」 「……出来る範囲というものがあるでしょうよ」  回らない口で、フェリスは返す。 「オレの説いた教えの中に、『人事を尽くして天命を待つな、尽くせない事もある、とにかく待て、待てば海路の日和あり、それが人生だもの』って言葉がありましてね」 「ヒッドいな」マリーが眉をしかめた。 「とんだ似非宗教だよ。諺を繋げ合わせただけじゃないか」 「そうですよ」  フェリスは困ったように笑う。 「オレもそう思います。オレが説いた教えなんてその実、大したことじゃなかった」  実際、あいつ――梧桐だって、初めはつまらなさそうにして、オレの宗教――イマダコズ教の資料を読んでたっスもん。  ダリヤが問うた。 「そんなに似非なのに、何故流行ったんだ」  フェリスは答えなかった。ダリヤが頬を掻く。「まあ、大体分かる気もするけれど」 「人間、何だかんだルッキズム主義だからねぇ」マリーが笑う。 「何てったって、その綺麗なカワセミの目。生まれ持ったスタイル、顔かたち。――天使の子、と崇め奉られるのも、当然といえば当然だろう。ほら、お前からも言ってやれ、ダリヤ」横に並び、肩を叩く。「熱狂的なファン、第一号だろう。地獄での」 「そうですねぇ――」 「やめてくれよ、反吐が出る」 「――話を聴いてくれた所ですかね」 「無視かよ」
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