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「そうなんですね」
梧桐が頷くと、フェリスは目を細めて笑った。「センス良いだろ、な?」
世界の果てのわびしい公園から、わざわざ引っ張って持ってきたんだぜ。
何か重たい物を抱え引きずるようなジェスチャーをして、
「でもよお」
と顔を曇らせた。
下を向く。
「このベンチ邪魔だし、元の場所に戻して来い、って言われちゃった。しかもさ、見ろよ」
顎をぐいっ、と勢い良く上げ、首元を指差す。「コレ、何だか分かるか?」
「あー……」
梧桐は何とも言えない、憐れみの交じった声を洩らした。
「ウワサでしか、聞いたことないですけど」
首元に着いていたのは、鋭い二対の牙が刻印された――ゴツいデザインの、金属の首輪だった。
看守など、本来「犯すべからず」を課せられている者が罪人と見做された時に、その証として嵌められるものだ。
――つまり。
「やらかしちゃったんですね……」
「そ」
首輪をコツコツと叩き、唇をへの字に曲げる。
「窃盗は窃盗でも、ベンチをまるまる一脚引きずってくる奴があるか、って、看守長に怒られちった。このことは報告しなければならなイーッ、ってチクられちまって、今、このザマさ」
両の人差し指を立てて頭上に持っていき、おカンムリ、のポーズをする。
「それによお……」
顔に手を当てる。微かに赤くなっていた。
「オレ、あいつ、狙ってたんだよな。……こっそりだけど」
梧桐は看守長の風貌を思い出す。
肩書きに対してかなり若い、厳格そうな黒髪の青年だった。
バリキャリで、瞬く間にのし上がって今の地位を獲得したらしいとか、裏工作でライバルをドカドカ蹴落としてきたらしいとか、いやいやアイツはただのゴロツキで、実は親の七光りだとか、
――とにかく、その極めて異例な出世スピードゆえに、色々と、ウワサを小耳に挟むことが多い。
……あと、近ごろ、周囲をうろつきさかんにカゲキなアプローチをしてくる同僚に辟易している、とも。
「狙ってたんですね。こっそりね」
「おお。大コッソリよ」
かはは、と彼はまた、大口を開けて笑った。
「でも、フラれちまったぜ。罪を犯したのはもちろん、ベンチを引っ張ってくるような調子っ外れとなど、到底一緒に働けはせん。暫く服役し、そのくるくるぱあ頭を冷やすと良い、ってさ」
聞けば、総監――閻魔様直属で、罪人、並びに看守の管理を司る、えらい人だ――様の方は元々、三日間の謹慎くらいで済ますつもりだったらしい。
そこに、看守長の鬼プレゼン(日頃からの私的な苦情ともいう)が加わって、最終的にこうなったそうなのだ。
「こりゃさすがに、しばらく大人しくしといた方が良いかなーって思ってさ。諦めたよ、一旦」
「一旦なんですね……」
梧桐は呆れたように呟く。
「まあな」
フェリスは素っ気なく返し、
「まあ、新しく面白れー奴いたら、分かんねえけどさ」
と、片頬を上げて苦笑した。
「いると良いですね」
「おー」
フェリスは円く口を開け、そのまますぐに、にん、と満面の笑みを浮かべた。
「なあ。一緒に、外界に降りてみねえ?」
「……え?」
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