善性のメフィスト

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 梧桐が思わずツッコミを入れると、ダリヤはあっけらかんとして自分を親指で指した。 「? だって、勤務エリア隣だし。うちの所もフェリスの所も、めったに罪人が来るトコじゃないからね。いつでも会えるのさ」  去り際に唇に指を当て、這いつくばっている哀れな彼へ向けて飛ばす。「それじゃあ、また来るね」くるりとそのままターンして、大人げなくスキップ等しながら去って行った。  彼の姿が見えなくなってから、梧桐は口を開いた。 「ヤベーのに目ぇつけられてるじゃないですか、フェリスさん」 「おう……」  ようやく地面に膝立ちの状態まで回復したらしく、上体をよろよろと揺らしながら返す。 「ったく、フザけんじゃねえってんだよ、あのキザ野郎。キッツァ! ピッツァみたいに引き伸ばしてやろうか、クソが」 「口わるっ」 「うるせぇよ。殺すぞ」 「すみません」  多少すっきりしたのか、「ハハ、意味わかんねぇな。んだよ、キッツァって」と言い、呆れた顔をして息を洩らす。よっと、というかけ声とともに立ち上がり、ベンチの肘かけにしなだれかかった。 「んで、どーするよ? ベンチ返却、ついてくる?」  軽く笑い、ちなみに拒否権はない、と牙を覗かせる。目は大きく開いたままの、脅すような笑みだった。 「……一人で行かないんですか? そもそも俺、罪人ですし。脱獄したのが咎められるのイヤというか――」 「あァ、大丈夫。ほれ」フェリスは梧桐を手で制し、懐をゴソゴソやり出した。「許可は取ってある。――そう、これこれ」  二本の指の先に、真紅のスタンプが押された紙片が挟まっていた。梧桐は近づき、目をぱしぱしと瞬く。 「――何かコレ、通常の届と違くないですかね?」  首を捻る。フェリスの視線が、一瞬泳いだ。 「許可印は貰えてるけど、何かこう、職員のサインが二人分、同じ筆跡な気が――」 「ここの受付、意外と緩いからな」吹っ切れたように、フェリスがカカ、と笑い、両手でピースサインを作った。「けっこうバレないぜ」 「何してんですか、あんた」 「オレはどの道、これから帰っても服役だからな。ちょっくらハデに行こうと思って」  にんまりと目を細め、梧桐の手を引く。 「そら、守衛共のお出座しだ」 「え、……えぇっ!?」  フェリスが天高く人差し指を掲げ、詠唱を始める。梧桐にはよく聞き取れなかったが、どうやらそれは、地上へ出るための呪文であるらしかった。亜空間のような球体が空中に姿を現す。 「わりぃ、オレ自体、そんなに権限が強くねぇんだ。早く来ねぇと、首と足が泣き別れになるぜ」  周囲の悪魔たちをあらかた蹴飛ばし終えたフェリスが、踵を地面に叩き付けながら言った(彼は高いピンヒールの靴を履いていた)。 「さあ、行こう――兄弟」  その返す足で流れるように、亜空間に身体を蹴り入れられる。多少は手加減してくれたようだが、それでもパンピー――この場合、一般的な人間と言う意味――の梧桐の意識を、ノックアウトしてしまうには、十分すぎるほどの威力だった。 (ああ、落ちる――)  昔良く見ていた夢のように、ぐるぐるとしながら落ちていく感覚。  その中で彼は、半ば死んだときのようにもうろうとしながら、――昔の記憶を甦生させ始めた。
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