善性のメフィスト

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       ◇  まるで神のように、「彼」の偶像崇拝は禁じられていた。  梧桐がその「邪教」を知ったのは、恥ずかしながら、……中二病の症状の延長で、忘れ去られた宗教についての文献を漁っている時だった。 「……イマダコズ教?」  それは古い、かつてある集落で信仰された、――既に廃れた宗派だった。  日本語に直すと、丁度そうなるらしい――「未だ、来ず」。則ち「未来」について、その不確定さと、それにより見出される救済を説くというのが、文献に載っていた宗旨の概略だった。  その教祖の放った言葉について記録された項を読んでいる内に、図書館は閉館時刻を迎えていた。何せ遥か昔に編まれた、正式に印刷もされていない手書きの文書だったので、当然貸出はできなかった。赤い「禁帯出」のシールを見て、梧桐は月の小遣いの半分を、これを読むためにバス代として費やすことを決めた。――それから、数日後。  目の下にクマを作った梧桐は、布団の上でぼうっと天井を眺めていた。例の文献を読み終わってからどうも、今までのように眠れないのだ。  その原因はおそらく、――文献の最後の頁に載っていた、信者の描いた宗教画のようだった。  そこには、一人の美しい男が描かれていた。くるくるとカールしたブロンドの髪、深く耀くグリーンの眼。――その男が微笑むことがもしもあったなら、たとい一国の軍隊が束になってかかってきていたとしても、瞬時に、それらを傾け崩壊させることができるだろう――と、思わずにはいられないような、正しく一顧傾城の美男子。  しかし。  梧桐の印象に残っていたのは、その彼の、表情だった。  こちらに視線を向けているのだが、――とても、厭そうな顔をしていたのだ。  細い眉はこれ以上ない程にしかめられ、何かに怯えるように目を薄く瞑っている。  それになぜか、教祖だというのに、まるで平民かそれ以下の者が着るような、みすぼらしい襤褸の服に身を包み、椅子に力なく腰かけていた。  その図版の神々しいタッチと、描かれている彼の様子があまりにもマッチしていなく、梧桐の心を捕えてずっと、放してくれなかった。  他にもインターネットで資料を漁ったが、真偽のほどが定かでないものばかりだった。その頃にはもう、梧桐の決意は小揺るぎもせず固まっていた。  研究者になるのだ。  民俗学でも神学でも、何でも良い。  ――彼の、真相に。  彼のあの、謎めいた肖像に少しでも、亀のような歩みででも、志半ばで死んでしまっても、漸近できるのであれば。  何日もろくに眠っていない頭で、梧桐は、そう決意したのだった。
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