善性のメフィスト

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       ◇ (――昔の、夢を見た)  意識が覚醒する。  しかし、身体に受けたダメージは相当なものだったらしく、まだ、自分の両目が開かないことを何となく、感じる。  目を閉じたまま、暗闇の中で、考える。 (あんなことを、忘れていたなんて)  少し、笑ってしまいそうになった。  頬の筋が引きつり、すぐにまた、力を無くして元の所に戻る。  あの宗教画に、――いや、そこに描かれた彼に、俺は確かに、魅入られていた。  そして同時に、一つ、思ったことがあった。  ――似ているのだ。  先ほど――どの位、あれから時間が経ったのか、分からないが――、俺を蹴飛ばしたあの看守と、彼――あの教祖は、瓜二つだった。  恐ろしくなるほどに。  ツノは無いものの、同一人物だと言われたら、すぐさま納得してしまうような具合である。  偶然の一致なのか、これは?  だとしたら、――この一連のこと自体が、ひょっとすると、輪廻転生の刑などよりも、余程、……悪質なもののように、梧桐には、思われてしまうのだった。 (何でこんな事、思い出しちまったんだよ)  目を開けるのが、憚られる。  身体の感覚が、少しずつ戻って来ていた。  仰向けに寝ていた。少し高くなった頭の下に、……柔らかい、感触。 「起きねーなこのヤロウ。こうしてやるっ!」  不意に光が取り込まれた。  眼球がぐるりと動くのを、知覚する。  瞼に、ぐりっ、と指先がめり込んでいる。 「早よ起きろ。寝てるヒマなんてねーぞ」 「……とか言ってる割には、膝枕なんてしてくれちゃってるじゃないですか、……フェリスさん」  少し、名を呼ぶのに、勇気が要った。  目を開ける。  ――夢で見たあの絵画と同じかんばせが、傾国の笑顔をこちらに、向けていた。 「…………」 「あ、何でまた目ェ、瞑るんだよ。起きろって」 「――つかぬ事を、お訊ねしますけど」  梧桐は目を細めながら、言う。  まともに見ると目が潰れそうで、――心の中の何か、大事な機能までも、ぺしゃんこになってしまいそうで、怖かった。 「フェリスさん、……ご兄弟とか、いたりします? 双子だったり、とか」  問いに、彼は無言で目を見開いた。  唇を、ぎゅっ、と固く、結ぶ。  訊いてはいけないことを訊いてしまったのかもしれない、と梧桐は思った。  でももう、覆水盆に返らずだ。  またバイオレンス的行為のえじきにされないよう祈りながら、相手の返事を待つ。 「……」  絡ませた両手の指をパッ、と解き、フェリスはようやっと、口を開いた。 「オレは一人っ子だよ。分かるだろ? このワガママボディを見たらよ」  カカ、と笑う。  片頬だけが引きつれて上がった、無理したような笑い方だった。
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