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「いや、それは分かんないですけども」
「まあそうだよな」ホッとしたようにまた、ちょっと笑う。「スタイルは良いだろ、ほら」身体をくねらせて、変なポーズを取ってみせるので、梧桐はつられて笑う。
「モデルさんみたいです」
「そんなこと言ってくれるなよ」フェリスは片手を口元にあてた。「オレ、アイツらみたいなの、……嫌いなんだ」
沈黙が降りた。
「あ、……悪ぃ。苦手、って、言えば良かったのかな」
フェリスは両手を顔の前で、小さく振った。
「注目されるのが、というか、何というか、――苦手なんだ。ひとに、キャーキャー言われるの。何かこう、息が……苦しく、なってくる」
昔を思い出して。
梧桐は数秒迷い、訊いた。
「……むかしは、何をされてたんですか」
「それ、訊いちゃうのかい」
フェリスは真顔で言った。声はあくまで、笑っていたので、梧桐はしばし、その言葉のニュアンスを読み取りかねていた。
「プー坊。あんた、もしや――」
表情を固まらせたまま、フェリスが片眉だけを、ゆっくりと上げる。梧桐はそのとき、この空間の隅から聴こえる物音に気付いた。空間を遅ればせながら、見渡す。
薄暗い、荒れ果てた空き地だった。寂れた遊具――滑り台、ブランコなどの昔ながらのものだ――が、安全のためか、白い紐でグルグル巻きにされて並んでいる。よく見ると、隅の方に、件の赤い、ベンチがあった。……そして。
そこに、ひとが座っていた。二人。
片方は、見覚えのある黒髪。固く、隙間の大きい座面に、居心地の悪そうな顔をしてちんまりと収まっている。――だがその目は、憤怒の炎を燃やしながら、梧桐に照準を合わせていた。尖ったおとがいを上げる。
「――やあ。人間。お目覚めのようだねぇ。フェリスの膝枕は気持ち良かったかい? 早くそこを代われよ」
ギリギリと顎関節が破壊されんばかりに歯軋りをしている、看守衣装の男。――ダリヤだ。
フェリスが身を固くし、そちらに向き直った。頰がかすかに、赤く染まる。信じられないというように、小さな声で洩らした。
「……何で、マリーがここに?」
「え? マリー?」
びっくりして、梧桐は周囲を見渡した。フェリスの視線はしかし、まっすぐに、――ダリヤの隣に向けられていた。
「……あれが?」
思わず、フェリスの方に問いかける。彼は想い人にじっと目を向けたまま、無言の内に首肯した。
そこに座っていたのは、――梧桐がかつて見たことのある「看守長」とは、似ても似つかない姿だった。
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