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「あのね、お母様……痣を治すお薬はある? 私ドジをしてぶつけちゃったみたいなの」
「嫌だわ、お転婆ね」
困ったような顔をしつつクスクス笑うセイラに「どこをぶつけたの?」と聞かれて密かに胸の痣を見せると、セイラの表情は途端に凍り付いた。
「……お母様?」
「シェリー……この痣のことは誰かに話した?」
硬い表情で問うセイラの声は僅かに震えている。
「えっ……? 昨日マチネが見つけたから、マチネは知ってるわ。これね、昨日は色が薄かったのに、今朝になってずいぶん濃くなってしまったの。でもこれ、何だか翼みたいでかわいらしい形だと思わない?」
「そうね……。ねぇシェリー、お転婆で痣を作ったなんて恥ずかしいから、決して誰にもこのことを言ってはいけないわよ?」
「う、うん……」
少々様子のおかしい気がするセイラを疑問視しつつも、シェリルはただ頷いた。
その日からなぜかマチネは屋敷に来なくなった。セイラが暫く暇を出したらしい。
そしてセイラはシェリルが外出することを禁じるようになり、シェリルは誰とも会わず、ただひたすら2階の自室で過ごす毎日を送った。
――――――――
1週間ほど経った誕生日の前々日の夜、シェリルが自室でのんびり過ごしていると、ドンドンドンドンッと忙しなく屋敷のドアが叩かれる。そのけたたましい音は、出入口ドアから離れた2階のシェリルの部屋にまではっきりと聞こえてきた。
(……何?)
階段上から来客のあった屋敷の出入口ドアをこっそりと覗くと、複数の大人の姿が見えた。神官服を着た者や、騎士らしき者たちだ。
「帰ってちょうだい!」
「どうかお気持ちをお静めください。神官長が確認するだけですから」
「嫌よ! 帰って!」
セイラと知らない男性のやり取りが聞こえると、大人たちの間をかき分けるように少年が顔を出した。
「レドモンド伯爵夫人……どうかご協力を」
「殿下……」
現れたのはユリウスだ。その姿はシェリルの目にも留まった。
「ユリウス!」
会いたい人が会いに来てくれた喜びでついつい声を上げると、セイラだけではなくユリウスまで眉を顰める。
「シェリー……」
いつも見せる優しい笑顔ではなく、悲しげで苦しげな表情。まるで咎めるかのようで、何かを恐れるかのようで……そんなユリウスの表情に、シェリルはジリジリと後ずさりした。
するとセイラを押しのけるようにしてズカズカと屋敷に押し入った者たちは、真っ直ぐシェリルの元へ向かってくる。
「シェリー、逃げて! 早く! 早く逃げるのよ!」
セイラがそう言って泣き叫ぶ意味はよくわからないものの、雰囲気からしてただ事ではなく、シェリルの足は自然と逃げる方向に。
しかし子供の足では到底逃げられず、あっさりと追いつかれて大人たちに囲まれてしまった。
目の前には無骨そうな騎士。そして後ろへ振り返ると、ライトグレーの神官服に同じ色の帽子を被った片眼鏡の男が立ちはだかる。
「私は神官長を務めているカルロ・マクロードだ。シェリル嬢、確認したいことがあるから大人しくしたまえ」
そう言ってカルロがクイッと顎で指示を出すと、別の二人の男性がシェリルの両腕を捕らえ、カルロがシェリルの胸元の服をグイッと引いた。
「キャッ……何するのよ!」
キッと睨んで抵抗しても、大人の男性に両腕を掴まれては身動きなんて取れなかった。
するとカルロが悦に入ったような表情を浮かべる。
「おぉ、こんなにもくっきりと紋様が……! ついに見つけましたぞ。シェリル嬢、あなたが次なる聖女だ。どうぞあなたの聖なるお力で、このルミナリアをお救いください」
そう言ってカルロはシェリルの首にペンダントをかけた。
(……何……これ)
ひんやりしたペンダントがカチャリと音を立てて自分の首に下がるのをシェリルは呆然と見つめる。
13歳の自分が付けるには分不相応だと思えるゴールドの煌びやかな美しいチェーン、そして半球の形の丸いモチーフには何かシンボルが描かれていた。
「……聖女? 私が?」
「ええ、そうです。あなたの胸元にある片翼の紋様こそ、その印。我々はあなたを探しておりました。急務ゆえの我々の無礼な振る舞い。どうぞその慈悲深いお心でお許しください」
そう言うと、先ほどまで酷く乱暴だった大人の男性たちは、皆揃ってシェリルの前で跪く。
「聖女様、どうかルミナリアに光を」
聖女様、聖女様、と大人たちが目線の下で次々と声を上げるのを、シェリルは呆然と見つめる。
そして跪いているのは大人たちの後方にいたユリウスまでも同様で、その状況にシェリルは何が起きているのか困惑するばかりだった。
ただ――
「嫌……そんなのあんまりよ! 違う……シェリーは聖女ではないわ!」
ブラッドに止められながらも泣き叫んでいるセイラの様子が気がかりだ。だが、セイラは聖女のことを『この国の女神様』『聖なる力を秘めている立派な方』と話していたはずだ。
その立派な人になるのに、母がそれを喜んでいないのがシェリルには不思議でならない。
(どうしてお母様は泣いてるの?)
その後、屋敷を訪れた者たちはユリウスを含めて皆外に出ていき、シェリルは翌日改めて王城へ出向くことになった。
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