01. 地獄?

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01. 地獄?

目覚めれば、目にぼんやりと映るのは真っ黒な服を身に付けた男二人。 それを見てシェリルは思った。 (そう……私は地獄に落ちたのね……) 手も足も縛られ、身動きできずに冷たい床に転がされている惨めさ。 虚しくなって涙をこぼすと、ふと男のうちの一人が近づき、クイッと顎を持ち上げられる。 じっと見つめるその男の瞳は、どこまでも深く底の見えない闇のような色から、小さな光を宿した漆黒の瞳へと変わる。それがとても美しくて、こんな時でもついつい見惚れてしまった。 「宝石みたいで綺麗……」 フフフッと笑うとまた涙が一つ零れ落ちて、死者の自分にはもう帰ることの叶わない宝石の国(祖国)を思う。 悲しい、寂しい、虚しい、遣る瀬無い……。自分の人生は13年と374日で終わり。あっけない。 それもこれも私が聖女になったから。聖女になんてなりたくなかった。生まれ変わったとしても、もう聖女になんて―― 「二度となってたまるものですか……」 「何に、ですか?」 声の主に目を向けると、漆黒の瞳の男のすぐ後ろに銀髪の男が立っているのが見える。 (ところで……誰、この人たち) 特に目の前にいる漆黒の瞳の男には目を惹きつけられた。 黒の軍服に美麗な金の刺繍の入った黒いマントを羽織っている褐色がかった肌の男。ちょっと冷たそうに見える切れ長の目と、闇のように深い漆黒の瞳が印象的な、彫りの深い美丈夫(グッドルッキング)。 品のある男性だが、麗しい見た目のおかげで少々の煌めきを纏って見え、最早人間離れしているほどだ。 そしてなぜだろう……じーっと……じーーっと、そして時に首を傾げながら訝しげな顔で凝視されるのが非常に怖い。 怖くてその後ろにチラッと目を移すと、銀の髪の男も黒の軍服を着ていて、印象はインテリっぽい。こちらもギロリと睨むように見下ろしている。怖い。 結局どちらを見てもブルッと震えがくるほど怖い。 この見た目から察するに―― (この二人は地獄の番人ね。それで黒い目の麗しい方は地獄のトップよ。……あら、地獄のトップって誰だったかしら? 魔王? それでその隣のインテリっぽいのが従者? はしたないことをした私はこれからここで罰を受けるのよ……怖いわ……) 婚約者のいる男性と再会を喜んで抱き合い、人目を忍んで幾度か会った。それが地獄に落ちるほど不義だったということなのだろう。 「そ、そうよね、罪よね……」 シェリルが恐怖でブルッと震えて身を縮めていると、銀髪のインテリ従者が訝しげな目を向ける。 「何の話です?」 「えっ……許されないことの話よ。私は罪深いということでしょう?」 ビクビクしながらそう言うと、声が情けなく震える。 恐怖で震え……いや、そもそも妙に寒い。地獄って寒いのね、妙に胸元がスースーするわ、と自分の胸元を見下ろしたシェリルはハッと目を見開く。 (ちょっと待って! 切望のニ丘(にきゅう)の谷が丸見えじゃないの!) 服の胸元が破れていて、谷間が地獄の番人たちの前で晒されているという恥辱。さすが地獄、酷い……とシェリルが目に涙を滲ませて堪えていると、インテリ従者が再び口を開く。 「一人で百面相をして、どうかなさいましたか?」 「だって……胸が恥ずかしい……」 「あぁ、それは失礼。てっきりそういう服を好んで着ているのかと……」 「そういう……服?」 目をぱちくりさせつつ、そういえば大人のドレスには胸元が大きく開いたニ丘の谷を強調するようなものがあることを思い出す。 「そうね、そういうのも一度くらい着てみたかったわ。急にできた谷だから、まだ外で見せたことなんてないのよ……もう叶わないのね」 残念、と情感と名残惜しさたっぷりにシェリルが答えると、インテリ従者は目を点にした。 「急にできた……谷?」 「そうよ。とにかく何か隠すものがほしいわ……」 するとインテリ従者が口角だけをクイッと上げてフッフッフッフ、と笑う。 「腐っても女だとでも? そんな女の武器なんて私には通用しませんよ」 嘘臭い笑顔が非常に怖い。 別に女の武器なんて振りかざしていないが、ただ、その言葉を聞いてピンときた。 つまりは―― (この従者、もしかして……世の中にはそういう人もいると聞くわ。男色ってことね?) それにしても地獄の番人とは、こうも死者に容赦がないのか。乙女の胸元を隠させてもくれないなんて……。 羞恥を煽るような地獄のお仕置きに悔しさと恐怖で肩を震わせていると、魔王がギロリとインテリ従者に目を向け何かを呟く。するとビクッと身震いしつつちょっと不思議そうな顔を滲ませたインテリ従者が、なぜか右向け右をして90度横を向いた。 そして魔王の漆黒の瞳が今度はシェリルへ向き、寝転がっていた体をグイッと起こされて座らされる。 「ではそのまま……話を聞かせてもらおうか?」 目の前に胡坐(あぐら)をかいて座る魔王の初めて聞いた声は、想像してたよりずっと綺麗な低く深いバリトンボイス。棘なんて一つもないほどに心地よく優しげで聞き入ってしまいそうだが…… いや、待て待て。 魔王の視線はチラリとシェリルの胸元をたどる。 (なっ、何よこの人……『そのまま』って、もしかして……この魔王、谷好きの変態?) だからシェリルはわかりやすく、密かに二人をこう名付けた。 (変態グッドルッキング魔王と男色インテリ従者、二人合わせて非紳士’s()
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