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従者がゴッホンと咳払いをして横向きのまま再びシェリルに告げる。
「とにかく我々は魔王と従者ではありませんよ」
「でも、少なくとも紳士的とは言えないわ」
「それはあなたが罪人だからです」
「罪人って何よ。ここが地獄でなくてエーデルアルヴィアなら、罰を受けるようなことをした覚えなんてない。私が何をしたっていうの?」
すると従者がシェリルに向かって1本の錆びついたナイフを見せる。
「あなたのそばに、このナイフが落ちておりました。血の跡も見られます。これは何です?」
「それは……悪党から逃げるために落ちてたのを拾って振り回しただけ。私は誰も傷つけてない。それが罪なの?」
「……」
「へー、エーデルアルヴィアって怖いところね。やっぱり魔王が支配する悪魔の住処? やっぱり地獄だわ」
「……先ほどから気になって仕方がないのですが、地獄なのに魔王って何ですか? 地獄なら閻魔大王、ちょっと間違えたとしても冥界の王ハデスあたりでしょう。魔王がいるとしたら魔界では? あなたの言ってることは大概おかしいんですよ」
アランの指摘に、シェリルは首を傾げる。
「あなた今、都合が悪いからって話をすり替えたでしょう? そうやって相手を責める方向に持ってくなんて結構性格が悪いのね。まぁいいわ。あぁ~、それより私、どうして生きてるんだろう。奇跡ね」
神様に感謝の言葉を伝えなくちゃ。あら、でも手を縛られててお祈りの体勢が取れないわ、と外れない拘束にモゾモゾ動いていると、拳をプルプルと振るわせて怒りに耐える従者が魔王に告げる。
「もうこの女は牢獄行きでいいですよね?」
そう言って従者が魔王に目を向けると、魔王は床に座ったまま肩を震わせて俯いていた。
この人もお怒りかしら? とシェリルが少々ビクつきながら見つめていると、顔を上げた魔王っぽい人はフフフッと笑っていた。
……あら、笑うとかわいらしいのね、とグッドルッキングな笑顔にシェリルが釘付けになって見つめていると、従者が唖然としつつ文句ありげに魔王に告げる。
「なっ、なにをそんな珍しく笑って……笑い事ではありませんよ……」
「それくらいのことで不貞腐れるな」
「それくらいって……あなただって変態……グッドルッキング? 魔王とか言われたんですよ? 腹が立つでしょう?」
「なかなか面白い」
「は? ちっとも面白くありませんよ。一体どうしたというのです? あなたらしくもない……」
するとひとしきり笑い終えた魔王っぽい人がシェリルに目を向け、じっと見つめる。何も言わずに、ただただじっと見つめる。なぜそんなに見つめるのだろう。
「なっ……何よ」
「……ん? あぁ、すまない……君、名前は?」
名前。よく知らない人に気安く本名を教えてはダメよ、と母に小さい頃から言われている。名前で家柄がバレることはいいことばかりではないからだ。
「あなたは……?」
「俺はエリオン。後ろにいるのはアランだ」
どうやら魔王っぽい人はエリオン、従者っぽい人はアランという名前らしい。
「ふぅん。私は、シェ……シェリーよ」
本名は避けつつも呼ばれ慣れた愛称でバカ正直に答えてしまったのだが、もっとキャサリンとかレベッカとかクッキーとかタルトとか全然違うものにした方がよかっただろうか。
僅かな後悔をしながらエリオンを見ると、目がクワッと見開かれ、漆黒の瞳がギロリと自分に向く。
……もしかして愛称だってバレたかしら? 本当の名前を言わないと叱られる? 怖いわ……。
ドギマギしていると、不機嫌そうなアランが口を開いた。
「それなら『シェリー嬢』とお呼びすればよろしいでしょうか? 失礼ですが、お年は?」
年……。あら、私何歳だったかしら? とシェリルは首を傾げる。
「えーっと……13……で、すぐ14で、そこから3年で、たぶん……17歳?」
指折り数えて疑問符を付けて答えると、アランは大いに顔を引きつらせる。
「あなた、自分の年がわからないのですか?」
「あー……まぁちょっといろいろ訳があって……でも大丈夫、間違えてはいないはずよ」
うんうん、と頷くシェリルに、アランは首を傾げつつさらに問う。
「それでシェリー嬢、あなたは魔術を使えるのですか?」
……はい? マ……ジュツ……?
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