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02. 片翼の印
シェリルは思い返して自分のことを話し始めた。
◇-◆-◇-◆-◇-◆-◇
「おはよう、キュイ」
爽やかな陽の光が窓から差し込む朝、ブルーのドレスを靡かせた13歳のシェリルは、チチチ、と小さくさえずる青い羽の小鳥・キュイにそう挨拶をする。
鳥かごの扉を開けてキュイを人差し指に乗せると、チョコチョコと跳ねたキュイは肘まで登り、またチチチと鳴いて首を傾げる仕草をした。
それはまるで「元気?」と聞いてくれているかのようだ。
「元気よ。キュイもとっても元気そうね」
チチチと返事をするように鳴くキュイのかわいらしさに思わずふふふと笑みがこぼれる。3年ほど前から飼い始めたキュイはすっかり懐き、今やシェリルの大切な家族だ。
すると部屋のドアがノックされて、母・セイラの優しい笑顔が覗き込んだ。
「シェリー、準備はできたの?」
そう問われて、シェリルはキュイと共にその場でくるりと回って無邪気に笑って見せる。腰まで伸びたマロンベージュの髪がさらりと靡き、外出用に新しく仕立てたドレスの裾が傘を開くようにふわりと広がると、それだけで楽しくて笑顔がはじけた。
「できたわ。お母様、どう?」
「よく似合っているわ。素敵よ」
小柄なシェリルは、これまでピンクやオレンジでフリルの多いデザインのドレスが多かった。でも今回はイメージを変えて、アクアブルーにレーシーなデザインを取り入れて大人っぽくしてみたのだ。アクアブルーは『彼』の瞳と同じ色で特別な色だ。
すると支度を整えてくれた侍女のマチネが「シェリルお嬢様、とってもかわいらしいですわ」と称賛するのだが、それには嬉しいような悲しいような複雑な気分。
「マチネったら、私ももうすぐ14歳なのだから『かわいい』じゃなくて『綺麗』って言ってほしいわ」
あと10日で14歳の誕生日。大人扱いしてほしくてプゥッと頬を膨らませると、マチネはフフッと笑う。
「あらあら、それは失礼いたしました。シェリルお嬢様、とっても大人っぽくてお綺麗ですよ」
そう言われてシェリルはパァッと顔を綻ばせる。
「本当?」
「ええ、本当です。とてもお綺麗ですよ」
シェリルは喜びと照れでモジモジと恥じらう。
するとマチネの3歳の娘・ルーシーは星の輝きを宿したような瞳で見つめる。
「おじょーしゃま、きれーね」
「まぁ、ありがとう、ルーシー」
「なんてかわいいのかしら」とギュッと抱きしめると、ルーシーはリンゴのような赤い頬をして「えへへへ」と照れ笑い。シェリルの肩に止まっていたキュイもチチチと楽しげだ。
「これでお転婆なところがなくなれば立派な淑女なんだけど」
「もうっ! お母様ったら一言多いのよ」
シェリルが再びプゥッと頬を膨らませるのを見て、セイラは「あらあら」と困り顔だ。
「小さな子供みたいな顔ね。殿下の前でそんなを顔しては嫌よ」
「しないもん。ユリウスの前ではいつも大人っぽいのよ?」
ふふんと胸を張りつつ、一番気になるのは彼からの評価だ。
「このドレス、ユリウスも綺麗って言ってくれるかな……」
スカートをキュッと握って僅かに憂いを滲ませるシェリルに、セイラはゆったりと微笑みを向ける。
「きっと殿下もそう言ってくださるわ。だってこんなにも素敵なんだもの」
「そうだといいな」
ただ、憧れを抱く大人の女性像に至るには残念ながら圧倒的に足りないものがある。
シェリルはセイラとマチネの胸元に目をやってから自分の胸元を見下ろすと、ついつい深い溜息がこぼれ出た。
見事な断崖絶壁が目に映る。
大人のドレスをセクシーに着こなすには、身長と同時にここの成長が必須。だから密かに切望している。このまっ平に立派な二丘が出来上がることを。
「大きくなりたい……」
「大丈夫よ。これからもっと伸びるかもしれないわ」
セイラに微笑みながらそう言われてシェリルは苦笑いを返した。
「上じゃないのよ……」
「えっ?」
凹凸が……ボンキュッボンが欲しいのだ。
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