わたしのこと

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わたしのこと

「私の名前は入江田綾乃(いりえだあやの)。 小学校六年生の十二歳。今は小学校の卒業式を終えたばかりの三月。時間は夕方、四時。」 綾乃は質素な学習机の椅子に座っていた。 机上には安物のスマホスタンドに立てられており、スマートフォンをインカメラにし、顔を写して、部屋の中で一人、少し震えた少しハスキーな声で話をしている。 少し舌足らずな話し方だが、知性を感じさせる部分もある。 スタンドに立てられたスマートフォンは傷一つない綺麗な状態だ。 恐らく小学校卒業の祝いで両親から買い与えてもらったものだろう。 「こうして動画を撮影しているのには理由があるの。」 スマートフォンの画面に綾乃の顔が鮮明に写し出された。 髪の毛は真っ黒の細い猫毛で、前髪を残し、ロングヘアを無造作に一本結びにして肩甲骨より下に垂らしている。 眉毛はキリッと逆ハの字に刻まれており、気の強そうな大きな目を強調している。 まつ毛は、目を傷つけはしないかと心配になるくらい長い。 綾乃の第一印象を聞かれた者は九割はその目のことを言うだろう。 自然に焼けた浅黒い肌は、蓮の葉のように水を弾くだろうと想像できるほどに艷やかだ。 顔も体も小さい。 身長140cmほどしかなく、非常に細身なので、より小柄に見える。 吸いこまれそうな目を見開いてスマートフォンのインカメラに向かって話を再開した。 「私…最近、不思議なことばかり続いていて…もしかしたら私も巻き込まれるんじゃないかって…不安で不安で…でもママとか…パパには絶対に言えない…だからこうしてだから…何かに残しておかないといけない気がして…。」 白い厚手のトレーナーからすらりと伸びた、綾乃の細い首が唾を飲み込む動作をした。 「私に…私に意地悪してた、幼なじみの天くんが死んじゃった…。」 綾乃は高層ビルから飛び降りる寸前のような顔をした。 どこか絶望的で、しかし何かから解放されることが確定したような微笑みにも似た構造をしたその表情は不気味だが、小学校六年生にしてはあまりにも妖艶なものに見えた。 逆ハの字の眉毛の中心に寄る、苦悶の証であるしわが、まるで性行為中の表情を連想させる。 「そ、それだけじゃない。卒業式の後…天くんが死んじゃった…その後!私の周りで二人も死んじゃったんだ…。ただ…三人とも…私に意地悪してた…だから悲しめないの…悲しんじゃいけないの…いけない気がするの…。」 綾乃は肩をすぼめた。 「でも悲しいふりをしてるの。そうすべきだと思ったから…。悲しいふりさえしとけばきっと…きっと…私は巻き込まれない、そう思ったの…だから今、正直に言うと、めちゃくちゃ悲しいふりをしてる。でも、何かわかんないけど、変わってきてる…そんな気がする…そして私も…死ぬんじゃないかって…。だから!だからこうして一応ね?記録しとこうかなって。誰かが見た時、綾乃はこんなこと考えてたんだねって。そう、わかるように、そうやって、綾乃は生きてたんだねって…。」 綾乃は一気に絞り出すような口調で言い終えたタイミングで玄関の鍵が開く音が聞こえた。 綾乃は体をビクつかせた。 「ママだ…。終わりにしなきゃ。ママもいつか、これを見るかもしれない。じゃあ、また…バイバイ。フフ…誰にお別れ言ってんだろ。ンフフ…バイバイ。」 綾乃はスマートフォンの動画撮影を切った。 綾乃は椅子から立ち上がり、精一杯の作り笑いをした。 両太ももの前で握られた小さな拳は小さく震えている。 「ママ!お帰り!」 綾乃は飾り気の無い二階にある自分の部屋から出て大きな声で叫んだ。 明るく彩られた綾乃の声は実に伸びやかだった。 真実味と優しさがその声にはあった。 作り笑いもしっかりと綾乃の顔にフィットしている。 母親を迎え出るその顔は、入江田綾乃の笑顔であった。 しかし、綾乃の心はそこには無かった。 玄関で母親と一言二言話すと、また全力の笑顔を振りまいて自分の部屋に駆け足で戻った。 そして椅子の前に立った。 無表情に戻りもう一度確認した。 三人は死んだという事実を確認し、頷いた。 死因は同級生やクラスメイトの精神衛生を鑑みて明かされていないが、間違いなく死んだ。 晴れやかな気分になってはいけないという強迫観念と、どこか非日常的な高揚感が混ざり合う爆弾のような感情は、綾乃の幼いながらも成長しようとしている精神を破壊するのは容易いことだった。 それを証明するように、綾乃は服を脱ぎ始めた。 当たり前のように、それが当然かのように。 まとったものを全て足元に脱ぎ捨てると、椅子に腰を下ろした。 そして白い前歯をむき出しにして、身震いを一つ周囲の空気に披露すると、両目を固く閉じた。 自分をいじめていた三人の記憶を反芻し、それを味わう為に。 私は入江田綾乃。 今、学校から帰ったところ。 さ、行こう。 呼ばれてるんだ、天くん達に。 呼ばれてるんだ。 綾乃の息が荒くなってきた。
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