第一章

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「答えたくないわけじゃないけど、あんまり良い話じゃないですよ?それでも?」 「あぁ。話してくれて構わない。正直言って俺は…あぁ、いや、その悪い…何でもない。」 「途中まで言って止めるのは卑怯ですよぉ。何ですか?」 綾乃はにこやかに言うが、複雑なものを多く含んだ話し方は変わらない。 「卑怯ね…。わかったよ。じゃあ正直言わせてもらうよ。俺は今回の騒ぎでだいぶ参ったんだ。解雇になったお前にこんなことを言いたくないんだがはっきり言って俺のキャリアにも傷がついた。お前にどんな事情があったにしてもそれが事実なんだ。だから…まぁ話は繋がらないかもだが…何がなんなのか、どういうことなのか俺に教えてくれ。」 天野は淡々と話をした。 感情はできるだけ出さないように、且つ、刺激をしないようにと注意しながら話した。 綾乃はうんうんと頷きながら最後まで天野の話を聞くと最後に大きく頷いてその過去を話した。 福臣天とその取り巻き二人から壮絶ないじめを受けていたこと、それには性的なものも含まれていたこと、それに対して自分は好意的なものすら覚えてしまっていたこと、そして 福臣天とその仲間は謎の死を遂げたことも全て惜しみなく、ダイナミックに、まるで一大絵巻の如きスケールと口調で語った。 「なるほどね。お前も大変だったんだな。それは素直に同情するよ。」 なぜ凄惨な過去をこれほど嬉々として話しているのか、もう綾乃は完全に狂い始めている、天野はそう考えながら、それを隠せずに顔に大きく表示されたまま言った。 その疑問はすぐに解決した。 綾乃は笑みを浮かべて、それも全てを飲み込んでしまうかのように口を開いた笑みでその真相を言った。 「天くんは蘇った。」 天野は蘇ったという通常、日々の生活の中では到底出てきようもない言葉にその思考をかき乱された瞬間、長袖Tシャツの襟が伸びて、それを支点に天野の体が浮き上がった。 「な!クッ!ぐぁあ!!」 体格の良い天野が襟を支点にして持ち上がるというのも規格外の力だが、更にそこから天野の巨体は投げ飛ばされてしまった。 殺風景な部屋の一角に腰を打ちつけた音が響く。 すぐさま隣の部屋からであろう、壁を打つ音が聞こえた。 綾乃はそんなことをまるで気にもせずに悶絶する天野に言った。 「天くんは私の側にいる。片時も離れずにここにいる。天野さん、敵視されちゃったみたいね。残念。」 「入江田、俺が一応柔道段持ちだってことは知っているはずだが…?」 尻もちを着いた状態で天野は苦しそうに綾乃を睨みつけた。 青白く光る人型は綾乃の背後から抱き締めた。 それに対して天を仰ぎ、恍惚の表情を浮かべる綾乃は天野の鋭い目をまるで恐れていない。 「まぁ…ただ続けてたってだけだけどな…」 天野は苦悶の表情を浮かべたまま一つの動作ごとに歯を噛み締めながら立ち上がった。 「それでも産業医やら…風間よりかは…しぶといぞ?」 天野は腰を落として、左半身を前にした半身の姿勢を取った。 「天くん、私の守護神。」 綾乃は両手のひらを上に向けて肩の高さまで上げた。 「福臣天くん…ね…覚えておくよ。」 天野は飛びかかった。 一気に距離を縮めた。 天野の視界が小さくなっていく。 それはライフルの照準のように小さく、高解像度で目標を捉えていた。 『駄目だな…これは…。わかるんだよなぁ…こういう時って…不思議と勝てる!って時はわかんないんだよ…負ける時だけなんだいつもいつも…。』 天野の視界を流れる時間が遅くなり始める。 『なんとかなんないかなぁ…俺の人生ってこれで終わりなのかな…。』 死の瞬間とはドラマティックで、ロマンティックなものと天野は想像していた。 しかし意外と冷静で、どこか楽観的なものすら感じていた。 そして驚くほど時間の流れが遅い。 自分の生きた道を反芻するには十分な時間だった。 『手が届きさえすれば…手が…あ…』 天野の視界に閃光が真一文字に走った。 稲妻のような空にひび割れを入れるようなものではなく、強力なスポットライトに照らされた日本刀を真横に振り抜いたようなものだった。 天野の意識はそこで途切れた。 騒音も痛みも、全ての感覚がぷつりと途絶えた。 実際には天野の鼻はへこみ、顔面の骨が折れているのは医者ではない人間が見てもわかる状態だった。 綾乃は背後に立つ青白い人型の顔の部分をとろんとした目つき見つめていた。 「どうして天くんが私を守ってくれているのかわからないけど、でも大好き。天くんのことが大好き。」 綾乃の背後に立つ青白い人型は綾乃のまた背後から抱き締めた。 綾乃は満足そうにフンと笑った。 青白い人型は綾乃前に立つと綾乃を正面から見下ろした。 それはどこか優しく、しかし力強く、体の部位が明確にはわからない人型であるにもかかわらずその視線が可視化されているような感覚を綾乃は感じていた。 そしてその人型は綾乃前に片膝を着き、頭を垂れた。 その姿勢はどこから見ても「服従」だった。 綾乃は初めて見るその「服従」の姿勢に興奮を隠せなかった。 『私をいじめていたコが…死んで、なぜか私の元に蘇って、なぜか私を守り、なぜか私に服従してる…これで興奮しない人なんているの?きっと今のこの天くんは、私を犯せと言ったら犯してくれる。私にまた恥ずかしい思いをさせてと言ったら喜んで私に命令してくれる。こんなの…こんなの…』 綾乃はニイといやらしく笑った。 『もう…何も要らない。』 「ねぇ…天くん…。」 第一章〜完 第二章へ続く。
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