わたしのこと

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「大っきな家…凄…い…。」 綾乃があらかじめ教えてもらっていた場所にたどり着くと、自分の家の倍以上、もしくはそれ以上かという大きな二階建ての家が目の前にあった。 表札には「三崎」と美しい石板に毛筆体で刻まれている。 大きな家とは対照的な小さく、背の低い門があり、白い外壁に、群青色の屋根を被った建屋の前にある大きなガレージが綾乃の行く手を阻み、青い芝を擁した庭が綾乃の目を刺激する。 門の右横にあるインターホンを押すと待ちかねていたように反応があった。 「はぁい。」 幼く、ハイトーンの女性の声がしたので、すかさず綾乃はインターホンに向かって反応した。 「あ、い、入江田ですぅ…」 大きな家だとは聞いていたが、想像を超える桁違いの大きさにいささか臆した綾乃は吃り気味に言った。 「綾乃ちゃん?待っててね?今行くよ。」 インターホンからそう聞こえた後、プツという音が通話の終了を告げた。 「かわいい声。羨ましいよなぁ…。」 綾乃は少し頬を膨らませた。 綾乃の言う通り、インターホンから聞こえた声はアニメの世界から飛び出して来たようなものだった。 お世辞にも可愛らしい声とはいえない、少し低めのハスキーボイスの綾乃からしてみれば憧れの対象だ。 インターホンのやり取りから一分ほど経過してようやく門が開き、そこから一人の女性が出てきた。 「綾乃ちゃん!」 綾乃の名前を呼び、歩いて近づいてくる。 「美登利ちゃん、凄い家だね…びっくりしちゃった。」 綾乃はその女性に対して正直な気持ちを打ち明けた。 綾乃の友人、三崎美登利(みさきみどり)はかわいい声とはまるで違う見た目だった。 まずはその高い身長だ。 当然綾乃よりも身長は高く、160cmはあるだろう。 細身のジーンズと不釣り合いなハイブランドのロゴがプリントされた長袖Tシャツは体にフィットしており、豊満な乳房と引き締まった上半身を強調していた。 下半身ももはや大人の女性として完成されたものであり、小さいながらもがっちりと上に引き上げられたヒップと細く、長い足は綾乃のそれとは比較にならない。 髪の毛は天然の薄茶で、わずかにウェイブがかかった癖っ毛の耳が出ているショートヘアだ。 センターに分け目があり、その下にある顔はいわゆる男顔で、凛々しさを感じさせる。 目が特徴的な綾乃とは違い、美登利の特徴は口元だった。 薄い唇に大きく横に広がる口は情熱を感じさせる構造だ。 しかし、決して下品ではない、落ち着いた色気を放つ口元は、誰が見ても美登利のチャームポイントとして挙げるだろう。 目鼻立ちは全て完成された様式美であるが、少し目尻が下がり気味なので、笑うと途端にふにゃりとした印象に早変わりする。 そのギャップは女性から口説かれそうな女性を体現しているようだった。 「さ、入って入って?」 「うん、お邪魔します。」 『す、凄い家ってのには何も言わないんだ…。』 綾乃は美登利の背中を追いながら、小さな違和感を覚えた。 二人はあらかじめ申し合わせたように歩調が合っている。 「ねぇ、美登利ちゃん。今日誘ってくれてありがと。私、小学校の頃少しいじめられてたの。だから友達になってくれて、ホント嬉しい。」 芝の中にあるコンクリートの通路を歩きながら綾乃は前を歩く美登利に言った。 「いじめ?こんな時代に?そんなことする人がいるんだ。馬鹿ねホント。」 美登利は少しだけ振り向き、綾乃に返した。 『かわいい声に綺麗な顔…身長も高いしスタイルはいいし、モデルさんみたい…おまけにいじめのことをこんな風に言ってくれる…。』 「いじめなんてホンット馬鹿みたい。幼稚過ぎ。さ、入って?」 中庭を通り過ぎると、玄関へたどり着いた。 玄関のドアはシンプルだ。 家の大きさを鑑みると小さな扉だ。 美登利は玄関のドアを開き、先に自分の体を中に入れて振り返った。 そして小さく手招きして綾乃を中へと促した。 「わ…ホント凄いお家…。お、お邪魔します…。」 綾乃は玄関の中で一旦辺りを見回して、家の中の豪華な構造に思わず声が出た。 綾乃は友人宅に入ることに少し躊躇してしまった。 このまま美登利を信用して良いものかと、自分に問う。 信じて裏切られるという最悪の地獄を味わった綾乃にとって、現在信じるという行為そのものが地獄に感じてならない。 しかし、美登利は言った。 いじめという行為は馬鹿で幼稚なものであると言った。 美登利がそれを覆す行為をするとはどの角度から考えてもありえないと綾乃は思った。 「早く、入りなよ。どうしたの?」 先に家へ上がった美登利の優しく可愛らしい声が玄関にぽつんと立つ綾乃の耳に入り込んだ。 「あ、うん、ご、ごめんごめん、何かホント凄いお家だから緊張しちゃって…。」 「フフ…何言っちゃってんの。さ、ホラ、早く。」 またもや優しい声が響く。 綾乃はこの美登利の声が好きで好きで仕方がないのだ。 その大好きな声に背中を押されたような気がした綾乃はそのまま大きな家の中に入って行った。
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